出前

2017.04.26.Wed.21:11

その店はある地方都市の風俗街の中にあったので、

出勤前の風俗嬢や風俗店の従業員の客が多かった。 

かなり人気のある店だったが、

その理由は「出前」にあった。

店の辺りには風俗店の寮が数多くあり、

そこに住む風俗嬢からの出前が毎日何十件もあった。

そのほとんどがラーメンだけとか、

餃子だけとかの単品注文。

割に合わないから普通の店なら断るだろうけど、

うちの店はむしろ喜んで出前をしていたので、

人気が高かったのだ。

僕を含めてバイトは4人いて、

2人組になって店内接客と出前を日替わりで分担していた。

僕はS男とペアを組んでいたが、

あるとき彼が変なことを言い出すようになった。

出前を届けるエリアは僕はエリアの北側を、

S男は南側を担当していた。

S男が届けている客に変な人がいるらしい。

その客はいつも同じ品(チャーハンだけ)を頼んでいた。

S男は声も聞いたことないし、顔も見たことないという。

その客が住んでいるアパートはちょっと変わっていて、

ヤク中ぽい女たちや南米系の女たちなど、

ヤバい風俗嬢たちが住んでいると

噂になっている場所だった。

S男はいつも夕方6時ぴったりに、

そのアパートの三号室のドアの前に

チャーハンを置いて帰ると言っていた。

なぜかというと、ウチの店にその辺一帯を

取り仕切ってる風俗業者の人が来て、

マスターにそうお願いしたらしい。

マスターは特殊な客や注文にも慣れっこだから、

特に疑問も持たずOKしたそうだ。

実際、下手に詮索するとヤバいことになるから、

このエリアの暗黙の了解ということだろう。

その事情を聞いて、

バイト仲間同士でいろいろウワサした。

「指名手配中の犯人が住んでる」とか、

「部屋に見られちゃいけないものがある」とか。

S男は住人の顔も声も知らなかったんだけど、

下げてきた食器に口紅っぽいものが付着していたことがあって、

住人は女だと思っていたようだ。

僕や他のバイト仲間は、

実際にそのアパートへ行ったことがなかったので

特に気にしなかったが、

S男はかなり気になってたようだった。

S男は顔馴染みの出前客に、

それとなくあのアパートについて聞いてたんだけど、

誰もが口をつぐんで話してくれなかったとか。

マスターも「あんまり関わると危険だぞ」

って釘を刺すくらい、

S男はそのアパートの住人に興味を持っていた。

バイトが終わってS男と一緒に帰ってるときだった。

「俺…あの部屋のドアをノックしてみようかな…」

何か適当な理由を考えてドアをノックして、

住人が出てくるのか確認したいという。

僕も面白がって「いいじゃん。ノックしてみなよ」

と言ってしまった。

僕が3日バイトを休んで、

休み明けに顔を出した日だった。

「お前、S男と仲良かったよな?」

とマスターが僕に聞いた。

「S男がどうかしたんですか?」

「一昨日から行方不明になってるんだよ」

僕は驚きを隠せなかった。

S男はその日、

特に何の問題もなく仕事をしていた。

そしていつものとおり、

『あの客』の出前も届けたという。

その出前から戻ってきて、

しばらくは店内の接客をしてたんだけど、

気がついたらいつの間にかいなくなってたらしい。

バイト仲間はトイレかな…とはじめは思ったらしいが、

結局それきりS男は戻らなかった。

更衣室のロッカーに私服もバッグも

置いたまま消えてしまったんだ。

「S男から何か聞いてないか?

悩み事とか心当たりあるか?」

とマスターに聞かれた。

僕は確かにS男と仲が良かったが、

失踪してしまうような悩みを

抱えている様子は全くなかった。

マスターはS男が住むアパートも調べたらしいが、

戻った形跡はなく、S男の実家に連絡を入れて、

家族が捜索願いを出したらしい。

服やバッグを置いたまま仕事中にいなくなり

戻ってこないなんて、絶対に変だ。

「もしかして危険な事件に巻き込まれたのかな…」

なんてバイト仲間同士で話してた。

僕は内心、

『アイツ、ドアを本当にノックして何か見ちゃったのかも…』

なんて考えたけど、

このことはマスターにも言わなかった。

S男が失踪してからは、

僕が例のアパートの担当となった。

いつもチャーハン一皿しか注文しなかった三号室の住人が、

チャーハンを二皿注文するようになっていた。

僕はちょっと怖かった。

例の風俗業者(寮の管理人)が、

S男の失踪後に店に来て頼んだそうだ。

「ひとつはグリーンピース抜きで」

という注文も一緒に。

あのアパートの三号室に食器を下げに行くと、

ドアの前に二枚重ねて食器が置かれている。

グリーンピースが大嫌いだったS男のことを思い出して、

一瞬身震いがした。

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