握手

2017.05.10.Wed.11:15

当時・・と言ってももう8年も前の話しなんだが、

オレと言えば昼は仕事、夜は夜間の大学、と我ながら中々に苦学生してた。 

そんなもんだから学校終わったらもう深夜。

いつもは翌日の仕事に備えてサッと帰ってそのまま床に着くのだが、その日は土曜日。

翌日は休日なものだからえっちらおっちら、マイペースで自転車漕いでたのよね。

帰り道、道と言っても超が付くほどの田舎だから、田んぼの畦道の延長みたいな

道だけどね、結構、というかかなり不気味なんだよね。

想像してもらったら解るかもしれないけど、草木も眠る丑三つ時に、

一人だだっ広い田舎道。

しかも周りにはマネキンの首などを使ったリアルなカカシがこちらを凝視してる。

まぁその頃にはとっくに慣れきっていたんだけどね。

帰路の途中、いつもなら見向きもしない自販機に目が止まったのは、

珍しく金銭的にも余裕があったからなのかな。

別段喉も渇いてないのに田舎の人なら解るだろうけどさ、

メジャーなメーカーの自販機じゃなくてね。

今で言うとコーヒーの細長いロング缶あるでしょ?

全部がそのサイズの自販機。かなりアナクロナイズなやつだね。

当たったらもう一本、なんていうおみくじ付き。

切れかかった電灯が発してたジジジ・・という音がやけに耳に響いてた。

田舎の深夜なんて車通りもないから信じられないくらい静かでさ、

やけに小銭を投入する音が響いてた。

お金を入れてボタンを押したら、おみくじのランプが「ぴぴぴぴぴぴ・・」って

鳴り始める。

シーンとした辺りにそのチープな電子音がやけに不釣り合いで。

当たっても二本も飲めないしな・・なんて苦笑しながらジュースを取ろうと

したんだけどさ自販機の切れかかった電灯の薄ぐらい明かりくらいしかないから

取りだし口なんてほとんど真っ暗で見えない。

ジュースはどこだ?と手探りで取りだし口内をまさぐってたらさ、

握られたんだよね。

手を。

意味解んないと思うけど。

取りだし口の中で手を掴まれたの。

ちょうど握手をするような形で。

一瞬頭が真っ白になった。

間違いなく人の手の感触だった。

しかもね、段々握る力が強くなってくるのよ。痛いくらいに

そこで我に帰って、うわぁっ、て必死に手を振りほどいた。

相当強く握られてたのにあっさり手は抜けて、オレは半狂乱で自転車に

かけのって全力でその場を離れた。

混乱してたからハッキリとした記憶は無いんだけど、その手の感触と、

背中ごしに聞いた「ぴぴぴぴぴぴ・・」という音だけは鮮明に覚えてる。

そういえばおみくじなんてボタン押して5秒くらいで止まるのになぜかずっと

「ぴぴぴぴぴぴ・・」って言ってたな・・今考えると。

一人暮しの家に帰るなんてゾっとしたからさ、そのまま友人の家に転がりこんだよ。

で、その判断は大正解だった。一人だったら気が狂ってたかもしれない。

何故かって言うとさ、直んないのよ。

手が。

握手の形のままそこだけ金縛りにあったかのように硬直してるんだよ

友人もただ事ではない、と思ったらしく、二人で朝まで頭の中で念仏を唱えてたら

夜がふける頃に、急に何かから解き放たれるように硬直が解けたよ。

それからというもの、オレはどんな物にせよ「口」になってる物に手を突っ込めなくなってしまった。

自販機はもちろん、郵便受けやポストなんかでさえ。

だってさぁ・・「握手」・・されるでしょ、また。

多分・・

この話しには後日談があってね

今から二年前、握手から六年後だね。

法事のために田舎に帰省した時ね、あの時から一度も通った事なかったあの道

(近道に使ってた裏道だったから、幸いにも卒業まで一度も通らずにすんだ)

なんでだろね、あれほど忘れようと思ってたトラウマのあの場所にちょっと行って

みようか、という気持ちになった。

理由は解んないけどさ、導かれるように・・なんて言ったら安っぽくなっちゃうけど

何かあったら嫌だな・・と内心ビクビクしながら車を走らせてたらね、

あっけない結末だった。

無かったんだよね、その自販機。

そりゃそうだよね。あの時ですらかなり古かったのに

あれから八年も経ってるんだから。

当然と言っちゃ当然なんだけど何かさ、

数年間に渡る呪縛から解き放たれたみたいで、心底ホっとした。

これで完全に忘れられるな、と思ってね。

せっかくの帰省なんだから昔馴染みの連中と飲みに行ったよ。

楽しかった。ほんと、ここで話しが終われば良かったんだけどね

気分も良く、ほろ酔い加減になったオレは、みんなにこの話を聞いてもらおうと思った。

八年前は思い出すのも言葉にするのも嫌だったから話せなかったんだけど。

多分ね、「なんだそりゃ」って皆に笑って欲しかったんだろうと思う。

それでオレも笑って、この忌まわしい記憶はおしまい。

そうなってほしかった。そうなるはずだった。

つらつらと話してる途中でさ、友人の一人がちょっと待った、と話の腰を折った。

何?とオレが聞いて返ってきた言葉はオレの酔いを完全に覚めさせた。

聞かなきゃよかった、話さなけりゃよかった、何で話してしまったんだろう、何で。

そいつが言うに

あの道にそんな自販機なんか見た事ない

他の四人も同様に口を合わせる

おかしいぞ、おい、K。

お前はあの時朝まで念仏を唱えてくれたじゃないか

オレは卒倒しそうになった。

あの時泊めてくれた友人のKまで、そんな自販機知らないと言う。

あの夜の事も覚えていなかった。

どう言ったらいいか解らないんだけどね

オレ、段々とこの時の記憶が無くなっていってる事に気付いたんだよね

なんていうかさ、夢って目が覚めた瞬間は覚えてるけど、

その記憶を持続させようとしても、ウソのように消えていっちゃうでしょ?夢の記憶。

ちょうどそんな感じでさ、オレほんとはあの時の自販機で何を買ったか、

とかあの時の学校の授業は何だった、とかハッキリ覚えてた。

でもほんと、ウソみたいに記憶から抜けていった。

忘れたくても忘れられるような事じゃないのに。

今ではもう、先に書いた事くらいしか記憶に残ってない。

何かの意思、というかそういう物を感じるんだよね、これ。

オレさ、変な予感があるんだけどさ、完全にオレの中からこの記憶が無くなった時、

普通にまた何かの「口」に手を入れて、またされるんじゃないかと思う。

「握手」を

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