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闇の音楽の血族

2017.09.09.Sat.21:15

小学生の時、少しメルヘンな音楽の先生がいた。 

でも、凄い言葉に重みがあるような先生だった。 

山田詠美の『僕は勉強ができない』って本があるんだが、 

その中で小学校の校長先生と主人公が、生きていることについて語り合うんだが、 

主人公が校長に噛み付いて、血の味が口の中に広がり、それが生きているということなんだ、

ということを、本当に身をもって教えてくれる先生だった。

その日はインフルエンザが流行っており、あと一人早退でもすれば学級閉鎖になる直前だった。 

しかも外は大雨で、雷も鳴っていた。 

本当に女の子が一人体調が悪かったので、クラスのみんなは授業そっちのけで、学級閉鎖に気をとらわれていた。

そんな中、1限目の音楽の先生は語った。

というより、一人言を言ってる感じだった。クラスの誰も聞いていなかったし。 

でも今、俺は思い出した。何故だろう。わからない。ここで書かせてくれ。

「先生の血は汚れてるんだ。皆はそんなことないって言うけど、真実は隠せない。 

 私の家はね、代々音楽家なんだ。闇の曲を作るね。

 決して人目に触れない情動を、全開にして爆発させる曲をね。

 それは一部の貴族・裕福層だけに聞かされるの。 

 私のご先祖様は、それに自分の全てを注そいできたわ。

 でも、本当の闇の曲は、完成できるかどうかはわからないわ。

 私のおじい様は、完成することができなかった。 

 60年間、それだけを完成させるために生きてきたけど、 

 結局、自分の全てをさらけ出す情動を、譜面に現すことができなかったの。

 私のご先祖様がいままで作った曲は5曲だけ。 

 ただ、この5曲が作られるために、一体どれだけの時間と努力が注ぎ込まれたかはわからないわ。 

 全ての旋律が、血の一滴一滴まで沸騰させるまでに、感情がこめられているの。

 そして、私のご先祖様は曲を作り終えた後、全員自殺してるわ。 

 私のお父さんもそう。

お父さんが死んだのは、私が幼い時だったからよく覚えてないけど、

 毎日毎日発狂して、ピアノの鍵盤を殴りつけていたのを覚えているわ。 

 そして、いつしか発狂しなくなって、安堵の表情を浮かべてペンを走らせる日々。 

 そして、いつしかいなくなったの。 

 そして発見された。死んだ姿で。一人で。

 私もね、おじい様、おとうさんと同じように、曲を作っているの。 

 でも、全然だめ。

 ご先祖様が作った曲を、ピアノで弾いた曲を弾いてみたの。 

 あんなに…、なんていうかな。心の全てがそこに向かうとでもいうのかな。

 螺旋階段が天国に向かう中、天使が飛んでるとでもいうのかな。 

 螺旋階段に終わりは無いんだ。でも、高みに登っていくのはよくわかるんだ。 

 で、天使をよく見ると、天使じゃないんだ。悪魔のような笑顔の天使なんだ。 

 でも、私は気づかないんだそれに。

 私、何言ってるんだろうね。ごめんね。 

 私はきっと、ああいう曲はつくれないんだ。本当の音楽は汚れてる。 

 適当な曲を作って、適当な心の弱さを歌う歌が、この世を席巻していればいいんだと思う。 

 私に本当の音楽の世界を背負えない。 

 本当の音を奏でて、みんなの気持ちを左右させられない。 

 音楽でその人の運命を背負うなんて、私にはできない。 

 ご先祖様が曲を完成させた後、なんで自殺したか、今の私にはわかる。 

 でもわかるだけ。あの高みに登る勇気は私には無いわ。

そして登っても、音楽の全てがわかって、私には何もなくなるわ。存在意義がこの世に無くなるの。 

 私はそれを否定したい。でも私は今ここにいる。 

 ご先祖様の血を引き継いでここにいる。何も否定できないわ。

 唯一の救いは、日本で血を受け継ぐのは私だけ。 

 曲は貴族たちに保管されている。決して外部に漏れることも無いわ。 

 私が死んでも誰も困らないわ。

 また誰かが、中毒者貴族に曲を作る。 

 最も作る人。自信はバカ貴族のためではなく、自分の望みへのためなんだけどね。きっと。

 先生もモーツァルトやバッハ、今だったらスピッツだっけ?

 そんな表舞台の、さらっとした音楽が作りたかったな。 

 多少の情動を譜面にぶつけて、周りの人を感動させられるような適当な曲。 

 ある程度の名声・お金・充足感。

 知らなければ、きっと私も幸せに生きれたんだと思う。

 私の血は汚くも、崇高で磨ぎ澄まれた血が流れてる。 

 私は生きたい。でも私が生きるためには、私の死が目の前にある」

こんなことを、小さくずっと言っていた。 

みんな何一つ、先生の言うことを聞いてなかった。 

先生自身も、「今日は自習よ」と言った。 

俺は友達がインフルエンザで休んでたから、先生の話をずっと聞いていた。席もピアノに一番近かったし。

次の日、学級連絡網で、インフルエンザでクラスが学級閉鎖になった事と、先生の自殺が伝えられた。 

結構人気のある先生であったが、音楽専門で学級自体は担当しておらず、

みんなの動揺が消えるのに時間はかからなかった。

今、なんで思い出したかは本当にわからない。 

先生は何者だったのんだろう。

何故か切なくなる。

先生は、本当の孤独を味わっていたのかもしれない。

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