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熊が出る

2017.09.11.Mon.21:15

752 :

日本史上最大の被害を出した獣害は、北海道であったヒグマによる事件。 

この事件以後もヒグマの被害は続発し、北海道開拓の妨げともなっていた時期がある。 

北海道をバイク旅行した時に言われたのは、「だから野宿なんかしないようにしろ」と言う事だった。 

このご時勢に熊?

北海道が嘗てヒグマの被害に悩まされた経緯等知らない俺は、内心全く信じていなかった。 

第一、熊なんて見たこともないし、時折事件になるにしても、自分とは無関係な世界の出来事だった。 

そんな訳で「気をつける」と言って旅館を引き払い、地図を見ながらこのあたりに野宿しよう等と考えていた。 

バイク専用のホテルはあるが、別に夏から秋に掛けての時期なので、夜の寒さは余り気にならなかったから、

野宿でも問題ないだろうと考えていたのだ。 

熊が出る云々など、この時は綺麗に忘れていた。

夕暮れ近くまで走り、国道沿いにある小さな公園を見つけたので、ここで野宿することにした。 

地図には載っていないが、周りに民家もないために、不審者として通報される事もなさそうだったのが理由。 

公園と言っても、今にも壊れそうなベンチと、ブランコと、小さな砂場らしき物があるだけだった。 

街灯もない為に、月光以外に明かりのないこの公園は、耳鳴りがするような静けさだった。 

明らかに手入れされていないこの場所は実に不気味で、一人きりで野宿する事を後悔した記憶がある。 

闇が怖いと感じたのは、この時が初めてだった。 

何しろ、自分の呼吸音すら周りに響いているのではないか?と言う位の無音の世界に取り残されると、 

早く朝になってくれと、心のそこから思ったものだ。 

一人用のテントの中に潜り込むと、MDを聞きながら早々に寝た。 

何か人工の音を聞いていないと、怖かったからだ。

753 :

ふと、テントの外から何か音が聞こえた。 

脇に置いた腕時計を見ると、微かに光る文字盤が夜中の一時をさしており、

寝入ってから三時間ぐらい経っていた。

MDはとっくに終わっており、だからこそ外の音が聞こえたのだろう。 

ずる・・・ずる・・・。 

何かを重い物を引きずる様なその音は、段々近くに寄ってくる。 

その意味不明の音をぼんやり聞いていたが、次の瞬間一気に目が覚める。 

『熊に気をつけろ』 

旅館の主人の言葉が、予言のように脳裏によぎったからだ。 

テントの中にむせ返るような臭さの獣臭?が入ってくると、オレの心臓は16ビートを記録した。 

しかし、いつまでたってもテントに対してちょっかいを出してこない事で、少しだけ思考が戻った。 

がくがく震える体を叱咤してそっと、テントの外に聞き耳を立てると、

ほんの微かに獣の荒い息に混じって、人の声のようなものが聞こえる。 

「・・・・・・・・・・」

何と言っているのか全く聞こえないが、苦しそうな声?だった。 

いや、うめき声というものかもしれない。息苦しくなるような感覚を催した記憶がある。 

テントの外を見ようとして入り口に手を掛けるが、震えてなかなか開けなかった。 

とっさに、近くにあったタオルを口に押し込む。

顎が外れんばかりに、ガタガタといい出したからだ。 

金縛りにあったように、その光景から目を離せない。 

耳に、咀嚼音がこびり付く。 

血と排泄物の臭いが辺りに充満していくのがわかったが、どうしようもなかった。 

真っ黒い大きな塊が、人らしきものの上に覆いかぶさり、腹の辺りに頭を突っ込んでいる。 

そいつが顔を上げるともろに、オレと目が合う様な位置だ。 

押さえつけられた人?は仰向けで、頭と足を黒い塊の前足らしきもので押さえつけられている。 

その腕が時折痙攣し、着けている時計が月明かりで黄金色に反射して、オレの目を奪う。 

顔は見えないが、苦痛のうめき声が止まらない。

754 :

時間にしてどれだけだろうか? 

いつの間にか気を失っていたようで、目を覚ますと頭上に太陽が見えた。 

時計は15時を差している。 

オレはすぐさま逃げ出そうとしたが、ふと、襲われていた人間の事が気になった。 

助かるわけない。早く逃げるべきだ!! 

その時は、他人のことよりも自分の身が大事だった。 

あの光景を見た後では、ロッテンもオグリも今となっては何も感じない。 

あれは、テントの目の前で起きていたはずだ。 

・・・なのに、何もなかった。 

それどころか、公園内には血もその臭いも、熊のいた痕跡すら無かった。 

リアルな夢でも見ていたのだろうかと思ったが、思い出すだけで吐き気と震えが来る。 

とても、夢とは思えなかった。 

暫く呆然としていたが、熊がいる可能性がオレを正気に戻した。 

慌てて金目の物と、最低限の物資をリュックに詰め込む。 

テントも、ランタンも高価であったが、放置して逃げ出した。

夢中で道を引き返し、昨日の旅館に戻った時は日も傾きかけていた。 

ふと、ミラーを見ると、シャブ中のような顔色のオレ。 

街中を走っていたら、警察に止められそうだった。 

時間を見ようとしたが、どうやら逃げる時に腕時計を付け忘れたようだった。 

旅館の主人もオレの顔を見て、驚いた様子だった。 

オレの話を聞いた主人は、暫く黙った後で言う。

その公園は、随分前に無くなっているはずだという。 

主人が子供の頃に、公園の傍に小さな集落があったが、

市町村の統廃合の結果、余りに不便な場所なので、其れを期に皆引っ越したらしい。

翌日、主人と一緒にその場所に行ってみたが、オレの残してあったテント等以外には、何もなかった。 

腕時計はあったが、ふんずけた様でガラスが割れていた。 

そういう訳で、オレはあれを夢だと信じる事にした。 

実際、誰も死んだ痕跡はないし、新聞でもそんな事件は報じていないからだ。

755 :

しかし、オレは旅行をする気分ではなく、早々に帰ることにした。 

せめてもの記念にと、北海道の金時計を買った。

まあ、これぐらいしか思い出にならないというのも無粋な話しだが、何故か、その時計に目を奪われた。 

頑丈なので、今でもその時計を大事にしている。

今年の夏は、もう一度あのルートで北海道旅行に挑戦するつもりだ。 

それは、幽霊なんていないという、確証が欲しかった為でもある

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