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空き家の記憶

2017.09.13.Wed.21:15

昔、炭坑が廃山になり、それまで皆が住んでた区域の炭住があちこち空家になり、

それを取り壊す為、残ってる人達は他の区域の炭住に移された。

幾日か経って、突然修行僧が我が家にやってきた。 

「早く引っ越したほうが良い。私の力ではどうしようできない。ここは・・・」 

詳しくは覚えてないけど、そんな事を言ったと思います。

当時、真面目一徹の父が、仕事を失ったショックで病気になり働けず、

私達子供もまだ幼く、母がパートの掛け持ちで何とか暮らしている状態で、

引っ越したくても引っ越せない状況。

「みんな心配するんじゃない」と父はお坊さんを帰らせ、

私達を安心させようと、いつもは見せてくれないお笑い番組を見ていいと許しが出たり、お小遣いを貰ったり、

とても幸せな出来事が続いたので、すっかりその修行僧の事は忘れてしまった。

我が家の横の棟は空家で、「あの家で遊んだら駄目よ。傾いているから危ない」と親に言われていた。 

でもその空家は、炊事場の水道が出たり、

家の中には家財がほとんど残ってて、テレビも電源がついて番組が見れたので、

私と妹は親の目を盗み、毎日のように遊んでた。 

(今思えばおかしな状況です。

 でも妹と昔話をすると、

 「あの頃は楽しかったね。でも何で電気ついたんかなぁ?前の住人が夜逃げしたすぐあとだったんだろうね」 

 と当時の事を話すので、私の記憶違いではないはずです)

ベビーシッターの国の「起こす」という言葉には、

ある日、空家で急に妹が寝てしまったので、「布団かけなきゃ」と、私は押し入れを初めて開けてしまった。 

埃っぽい押入れの中には、小さな仏壇と御位牌、線香とロウソクの燃えカス、そして赤いお米が散乱してて、

見ているうちに真っ赤な血が流れているように見え、怖くなり妹を起こそうと呼ぶが声が出ない。 

ふと押入れの上を見上げると、縄で吊るされた髪の長い日本人形がクルクル回っていた。 

それからどうやって妹を連れて家に戻ったか、記憶がありません。

妹は全く何も見てないようで、次の日も「遊びに行こう」と私に強請りましたが、 

「お母さんに怒られたからもう行かない」と嘘をついてなだめました。

それから1年もしないうちに、父が首を吊り自殺しました。 

第一発見者は私だそうです。でも記憶がありません。 

「すまん。カァチャンと○○(妹の名前)を頼む」 

父の痩せ細った白い足が木箱をのぼる。

今でもたまに、そんな悪夢を見ます。

あの日、修行僧は何を父に言ったのか。 

あの日、私があのお人形を見なければ・・・ 

それがずっとずっと心残りです。

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