海ジジイ

2017.11.03.Fri.21:15

俺が大学1年の時の話。 

何もない田舎の大学に通う俺と大学の友人は、夜釣りに行くことを趣味にいていた。

大学は、大きな漁港を持つ日本海側の地方都市に立地し、釣りの場所には困らなかった。 

その晩はメバルを釣ろうと思い、友人kと漁港に出かけた。

そして、漁港の入り口付近のテトラポットの間を狙って釣りをしていた。 

夜の漁港はとても静かだ。朝が早い漁師は、暗くなる前に漁港から姿を消してしまう。

波がテトラポットにぶつかって砕ける音だけが、規則的に聞こえてくる。 

釣りに集中し、ルアーの動きを追っていた俺は、隣から突然誰かにのぞきこまれ、かなり驚いた。

小柄で痩せた老人が、俺の横にいきなり現れたのだ。

いや、もしかしたら、しばらく前からいたのかもしれない。俺が気付かなかっただけか?

それにしても、この老人の態度は少し無礼だ。 

俺がそう思ってぶぜんとしたが、老人は終始笑顔のままだ。

漁港に設置された街灯の明かりが深い影をつくり出しながら、老人の顔を照らす。 

沈黙の緊張に耐えかねた俺は、「散歩ですか?」と尋ねた。

老人は答えない。しかし笑顔のままだ。

俺は少し不気味になってきた。

もしかしてこのジーさん、いかれてんじゃねーか?痴呆か?ならほっとこ。

今度は老人を無視して、足元にルアーを落とし込んで釣りを続けた。

しばらくすると、老人はどこかへ行ったようだった。 

1時間後、別の場所でスズキを釣っていたkと合流した。

kにこの話をすると、

「そういうのって、海の昔話だと、話したらだめなんだよな。 

 言葉をつかまえられて、魂とられて、海の底に引きずり込まれるってやつだよ。 

 俺の田舎だと、『海ジジイ』っていう妖怪いたよ」と言う。 

少し怖くなったが、そんなものいるわけないのはわかっているので、そのままkのとなりで釣りを続けた。

しばらくすると、今度は黒塗りの乗用車が俺たちに近付いてきた。

この車は、さっきのジジイよりおかしかった。 

この時間に、漁港に乗用車が来ることなんてまずない。

いや、あるとしたら、ヤンキーか走り屋くらいだろうが、

俺とkに近付いてくる車は、どうみてもその手の車にはみえない。

なによりその車は、明らかに俺たち向けて進んでくる。 

「おい、やばくね?」

「なんかまずいよな」

俺とkは、ほぼ同じ不安を感じていたのだろう。

二人とも急いでリールを巻き、地面に置いていた道具を手に持ち、車から遠ざかる方向へと歩き出した。 

車のスピードが少し上がったように感じた。

それは錯覚ではなかった。

次の瞬間、車はすーっと加速すると、俺とk目がけて突っ込んできた。

15mほどあった距離はいっきに縮まる。 

車にぶつかる寸前、kは車を避けて右側に飛んだ。 

俺は船を係留するロープに足を取られ、車より一瞬速く海に落ちていた。 

頭から海に落ちた俺はパニックになり、自分の横に車が落ちたことも気付かなかった。

岸からkが、「○○!○○!大丈夫か!」と叫んでくれたことで、少しだけ落ち着き、

自分の横で、後部のボンネットだけが見えている車が、浮かんでいるのを覚えている。 

その後、俺はkが投げてくれたロープで助けられ、警察を呼んだ。 

俺たちに突っ込んできた車は、次の日引き上げられ、車の中からは二人の遺体が見つかった。

一人は、釣りをしていたとき俺の顔をのぞき込んできた老人だった。

もう一人は、その老人の妻だった。 

しかし、この妻の死因は水死ではなかった。

妻の遺体はかなり腐敗しており、警察の話だと、死後2ヶ月はたっているとのことだった。  

つまりあの老人は、助手席に腐敗した妻の遺体を乗せて、あの岸壁から海に飛び込んだのだ。

俺とkを道連れにしようとして。 

なぜあの老人は、俺とkを道連れにしようとしたのか?

死ぬつもりで海に来たのか?

何よりあの老人は、なぜあんなことをする前に笑っていたのか?

俺は今でも怖くなる。

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