雪山

2018.02.08.Thu.21:31

これは、山の測量を仕事にしているある男性が体験した話である。

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測量へ行く時は、通常3人のチームを組んで行くのだが、ひとりが風邪をひいて寝込んでしまい、仕方なく同僚と僕の二人で行くことになった。

山の恐怖は十分承知だったので、境界を案内してくれる地元の男性に測量も手伝ってくれるようにお願いした。男性からOKの返事をもらい、僕たちは3人で山に入った。

前日から雪が降り続き、山は真っ白だった。しかしポールがよく見えたので、測量は順調にスタートした。

午前中に尾根の所まで測り終わり、休憩を取ろうと思っていた矢先に男性の携帯が鳴り出した。

彼はしばらく話をしてから携帯を切ると、急用ができたので山を下りたいと言う。



僕たちは困った顔をしたが、あとは小径に沿っていけば土地の境界だから、そこを測れば大丈夫だと言われ、仕方なく同僚と僕の二人で続きを行うことになったのだった。

男性と別れてしばらく経つと、空が薄暗くなり天候が怪しくなってきた。このまま雪が降ると大変だから急ごう、なんて話しながら僕たちは歩くペースを早めた。

山の測量に使用するポケットコンパスには小さな望遠鏡が付いており、それを向けた方向の方位や高低角が測れるようになってる。

僕はコンパスを水平に据え、ポールを持って立っているAの方に望遠鏡を向けて覗いた。

雪で真っ白な地面と雪が積もった木の枝が見えるが、ポールも同僚の姿も見えない。

変だと思って少し望遠鏡を動かすと長髪の頭が見えたので、次にポールを探してピントを合わせようとしたとき、おかしなことに気付いた。

僕たちはヘルメットを被って測量をしていたのだが、望遠鏡から見える同僚の頭にはヘルメットがなく、後ろを向いているのだ。それに同僚は茶髪のはずなのに、今見えているのは真っ黒な髪。

不思議に思いながら望遠鏡から目を上げると、メットを被った同僚がこっちを向いて手を振っている。

そのすぐ後ろの木立の隙間に黒髪の姿が見えたので、もう一度望遠鏡を覗いてみた。

白っぽい服を着て黒髪を垂らしている女性がいた。立木に寄りかかるように後ろ向きで立っている。

雪山に女ひとりでくるか?
僕は怖くなって望遠鏡から目を離した。

「おーい!」
同僚の声が聞こえる。
その瞬間、女は木立の中に消えてしまった。

「なにやってんの、早くしてー」
僕は我に返り、コンパスを読んで野帳に記入した後、同僚のそばへ向かった。

「望遠鏡で見てたら、お前の後ろに女が立ってたよ。気づいたか?」
「そんなわけないだろー」

はじめは冗談かと思っていた同僚も、僕の真剣な表情を見て顔つきが変わった。
「…嘘だろ?」
僕たちは女が消えた木立を探ったが、女の姿は見えない。

「登山してたんじゃないの?」
「そんな格好じゃなかったよ」
その女は、雪が降り積もった山中なのに荷物もなく、白い半そでの服を着ていたのだ。

「ヤバいもの見ちゃったのかもな…」
同僚のひとことで、僕は恐ろしくなり早くこの山を下りたいと思いった。

そんな話をしているうちに日も暮れて、雪が降り始めた。
「早く終わらせて下山しないとヤバいな」
僕たちは慌てて測量を再開したが、雪はさらに降り積もり、気温もどんどん下がっていく。

ポールを持って立っている同僚の姿も見づらく、降り積もる雪のせいで小径もよくわからない。

ふと携帯を見ると圏外になっており、僕は一刻も早く下山したい一心でコンパスを据え付けた。

レベルもろくに取らず、同僚の方に望遠鏡を向けると、さきほどの女が同僚のすぐ後ろに立っている。前を向いているように見えるが、吹雪のせいではっきり見えない。

同僚は気づいていないようで、僕は大きな声で叫んだが、同僚は動こうとしない。

女が動いているのが見えたので、慌てて望遠鏡覗いてみると、女は目を閉じて同僚の後ろ髪を掴み、彼の耳元に口を寄せて何かをささやいている。
同僚はまったく気づいていないようで、女はさらにささやき続けている。僕は恐ろしくて声が出なくなり、その場で立ち尽くしまった。

やがて女は同僚のそばを離れて、立木の中へ入って行く。すると信じられないことに、彼がその後を追うように立木の中へ入ったのだ。

僕は思わず大声で叫んだ。
「おーい、早く戻れー!」
しかし、同僚はこちらのほうにまったく見向きもせず、女の後を追いかけて行った。僕は測量の道具を放り出して急いで後を追った。

同僚の姿が見えたので大声で声をかけたが、彼は僕を無視して木立の中を進んでいく。このままだと二人とも遭難してしまう!死ぬかもしれないと思った。

自分だけ逃げ出したいという思いと戦いながら何とか追いつき、

「おい!何やってるんだよ!死んじゃうぞ!」
すると、同僚は虚ろな目をして明らかにおかしくなっている。

そして、わけのわからない言葉を叫んだ。
「ぁ…#%$*ぅ%$ー!#%$ぉー!」

その開いた口…。
人間はあんなに口が開くのだろうか…。
下あごが胸に付くくらい、彼の口は開いてた。
舌が垂れ下がり、口の端が裂けて血が出ている。

僕が呆然と立ち尽くしていると、また叫びながら僕に向かって突進してきたのだ。
「・・・ぅ#%$ー!%$ぁぁーー!!」

僕は一目散に逃げた。測量の道具もすべて放り出して、無我夢中で山を下りた。どうにか携帯の電波が届く所まで走り抜け、警察に電話をした。

やがて捜索隊が山に入り、僕は事情聴取されて、女や同僚のこと、僕が見たすべてを話した。

翌々日、山から遺体が発見されたと警察から連絡があった。白い夏服に黒髪。あの女に間違いない。

女の身元はすぐにわかったそうだ。去年の夏に、隣町で行方不明になっていた女性らしい。

ただ、なぜあの山中で見つかったかは不明とのことだった。

結局、同僚はまだ見つかっていない。もちろん生きていてほしいと思う。逃げてしまった自分を悔やむこともある。

しかし、あのときの同僚の姿を思い出すと、今でも震えが止まらなくなるのだ。

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