手押し車

2018.02.15.Thu.21:37

男はある夜、最終電車に間に合わず、仕方なくタクシーで最寄の駅まで帰ろうとしたが、タクシーの運転手が道を間違え、2つ先の駅まで行ってしまった。

非常に疲れていたので怒る気力もなく、また、そのままタクシーで戻る気もしなかったので、酔い覚ましにそこから歩いて帰宅することにした。

時間は午前1時30分。家までは30分くらいだろう。その頃はまだ引越したばかりで、道もそれほど詳しくなかった。



そのため、道を間違えないよう線路沿いをトボトボと駅に向かって歩いた。

15分ぐらい歩いただろうか、前方から人が見えた。何かを押して歩いているようだ。

よく見ると、手押し車を押している白髪の老婆だった。押し車の上には白いビニール袋が載っている。

「夜中に気味悪いなあ」

と思いながら、すれ違いざまにチラッと老婆を見た。

「ちゃんと足もあるし幽霊じゃない。人間だ。だけどなんで夜中に歩いているんだ?」

とにかく人間であることが確認できたので安心し、家路を急いだ。

やっと自分の住んでいる駅まで来た。携帯の時計を見ると午前2時をちょうど過ぎたところだ。この駅の周りはコンビ二と小さな商店街があるだけだ。

とにかく早く寝たかったので、コンビニも立ち寄らずマンションへと向かった。十字路を左に曲がれば家まで50mというところで…。

ガラガラガラガラガラ…
十字路の左側から聞き覚えのある音が聞こえた。

先ほどすれ違った手押し車を押す音が十字路の左側の方から聞こえてきたのだ。深夜の住宅街にタイヤの音が響き、その音はだんだんと大きくなった。

男は急にとても怖くなった。
「左に曲がったら老婆がいる…。でも曲がらないと帰れない」
歩調は鈍っていたが、男の足は左に曲がろうとしていた。

その音は相変わらず大きくなっている。
「とにかく早く家に帰ろう」男は早歩きをして十字路を左折した。

しかしその後、男は左に曲がったことを心から後悔したのだ。

左へ曲がると、押し車を押して向かって来る老婆が見えた。

「やっぱりそうだ…」

予想していた通り、先ほどすれ違った老婆だった。押し車に載せている白いビニールや老婆の背格好など、やはり同一人物だ。

男は、なぜかその場で立ち止まってしまった。
老婆が近づいてくる。もう目の前だ。男がどうすることもできずにいると、老婆が横を通り過ぎた。

押し車の音が遠ざかって行く。老婆は行ってしまったようだ。男はホッとして、その場でタバコに火を点けた。

その時、

「あんたにゃ何もしないよ」

男の耳元でいきなり老婆のしわがれた声が聞こえた。

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