村はずれの小屋

2016.08.15.Mon.22:16

じっちゃま(J)に聞いた話。 

昔Jが住んでいた村に、頭のおかしな婆さん(仮名・梅)が居た。一緒に住んでいた息子夫婦は、新築した家に引っ越したのだが、梅は「生まれ故郷を離れたく無い」と村に残った。しかし他の村民の話では、「足手まといなので置いて行かれた」そうだ。 

その頃から梅は狂いはじめた。普通に話しをしているかと思うと、いきなり飛びかかり腕に噛み付く。腕の肉が削り取られる程に。 

そんな事が何度かあると、 

「ありゃあ、人の肉を食ろうておるんじゃなかろうか」と、村中で噂が広まった。 

まだ子供だったJは、「なぜ警察に言わんのね?」と言うが、「村からキチ○イが出るのは、村の恥になる」と大人は言い、逆に梅の存在を、外部から隠すそぶりさえあったという。 

風呂にも入らず髪の毛ボサボサ、裸足で徘徊する梅は、常に悪臭を放ち、日に日に人間離れしていった。 

村民は常に鎌等を持ち歩き、梅が近付くと「それ以上近寄と鎌で切るぞ」と追い払う。 

そんなある日、2、3人で遊んでいた子供達が梅に襲われ、その内の1人は小指を持っていかれた。 

襲われた子の父母は激怒。梅の家に行き、棒で何度も殴りつけた。止める者は誰1人いなかったという。 

「あの野郎、家の子の指をうまそうにしゃぶってやがった」 

遂に梅は、村はずれの小屋に隔離されてしまう。小屋の回りはロープや鉄線でグルグルに巻かれ、扉には頑丈な鍵。 

食事は日に1回小屋の中に投げ込まれ、便所は垂れ流し。「死んだら小屋ごと燃やしてしまえばええ」それが大人達の結論であった。 

無論子供達には、「あそこに近付いたらいかん」と接触を避けたが、Jはある時、親と一緒に食事を持って行った。 

小屋に近付くと凄まじい悪臭。中からはクチャクチャと音がする。「ちっ、忌々しい。まーた糞を食うてやがる」 

小屋にある小さな窓から、おにぎり等が入った包みを投げ入れる。「さ、行こか」と、小屋に背を向けて歩き出すと、背後から「人でなしがぁ、人でなしがぁ」と声が聞こえた。 

それから数日後、Jの友人からこう言われた。「おい、知っとるか。あの鬼婆な、自分の体を食うとるらしいぞ」 

その友人は、親が話しているのをコッソリ聞いたらしい。今では、左腕と右足が無くなっている状態だそうだ。 

ある日、その友人とコッソリ例の小屋に行った。しかし、中から聞こえる「ヴ~、ヴ~」との声にビビリ、逃げ帰った。 

「ありゃあ、人の味に魅入られてしもうとる。あの姿は人間では無い。物の怪だ」親が近所の人と話しているのを聞いた。詳しい事を親に聞くのだが、「子供は知らんでええ」と何も教えてくれない。 

ある夜に大人達がJの家にやってきて、何やら話し込んでいる。親と一緒に来た友人は、「きっと鬼婆の事を話しておるんじゃ」。 

2人でコッソリと1階に降りて聞き耳を立てるが、何を言っているのかよくわからない。ただ、何度も「もう十分じゃろ」と話しているのが聞こえた。 

次の日の朝。 

朝食時に、「J、今日は家から出たらいかん」と父が言うので、「何かあるんか?」と聞くと、「神様をまつる儀式があるで、それは子供に見られてはいかんのじゃ」と説明した。 

しかたなく2階から外を眺めていると、例の小屋の方から煙りがあがっているではないか。「お父、大変じゃ!鬼婆の小屋辺りから、煙りが出ておるぞ」 

しかし父親は、「あれは畑を燃やしておるんじゃ。下らん事気にせんと勉強せい!」と、逆に怒られた。 

それから数日は、相変わらず小屋に近付く事は禁止されていた。しかし、ある日友人とコッソリ見に行くと、小屋があった場所には何も無かったそうだ。

小屋が無くなってから数日後、Jの友人(A)と共通の友人(B)とで集まった時に、Bが「Cから聞いたんじゃが、なんでも夜中に、鬼婆の霊がCの家の戸を叩きよるらしいで」と話した。 

家に帰り、その事を父に伝えると、

「人は死んだら戻って来るでな。なーに、49日が過ぎれば無事成仏するで、気にする事ぁねえ」 

「でも、なしてCの家に戻るのね?自分の家に戻りゃあええのに」 

「梅さんは少し変わっていたでな。帰る家を間違がえてるだけだで」

とアッサリ言ったので、 

Jは「なんだ、あたりまえの事なのか」と思った。 

ところがそうでは無かった。どうもCの親が、くじ引きか何かで梅がいた小屋を燃やす役目になってしまい、それが梅の恨みを買ってしまったらしいのだ。 

それは近所の大人達が、 

「Cの家に、またイブシがやって来しゃったらしい」 

「小屋を燃やしたもんで、怨みを買うたんじゃろ」 

と話をしていたのを聞いたからだ。 

このイブシ?(聞いた事のない言葉だったので忘れてしまったらしい)という言葉は、この村だけのいわゆる『隠語』というやつで、恐らく『幽霊』の意味ではないかとじっちゃんは言った。 

大人達は、「梅の霊の事は村民以外には話すな。話すと霊がその人の前にやって来る」と言うので、それを恐れた子供達は、誰1人として話さなかった。 

また、大人達は隠語を使う事により、うっかり他の場所で喋っても、村の恥部が他人に漏れずに済む。 

とにかくそこの村民は、自分の村を守る事に必死だったらしい。 

夜な夜なやってくる梅の霊に、Cの家族は疲れてしまったのか、 

「わしらも子も眠れんで困っとる。家を出るしか無かろうか?」と、Jの家に相談にやって来た。 

Jの父は、 

「しばらく家を捨てるしかあるまい。最悪、あの家は一度ばらしなすって、作り直しゃあええ。その間は家に住みなっせい」 

こうしてCの家族は、Jの家に同居する事に。 

さっそく自分の部屋で、JはCにこう聞いた。 

「なぁなぁ、Cは鬼婆のお化けを見たんか?」 

「見とらん。ただ、家のドアを叩く音が毎晩するんじゃ」 

「風とかじゃ無かろうか?」 

「知らん。最近は耳に布切れ押し込んで寝てまうで、音は聞こえんが、一晩中電気がつけっぱなしなもんで、全然眠れんわ」 

「おい。今日のイブシ除けは済みなすったか?」と、父が母に指図をする。 

イブシ除けとは、いわゆる『魔除けの一種』で、玄関の軒先に、スルメや餅や果物等をぶら下げておくのだ。 

この村では、人が死ぬと毎度行う儀式だった。 

「朝になると、吊るしておいた食い物が無くなっとるんじゃ」とCは言うが、 

「いや、猿に持っていかれたんじゃろうて」とJは否定した。 

それでもJは不安だった。 

「Cの家族が家に来た事で、鬼婆も家にやって来るんじゃなかろうか?」と、嫌な予感があった。 

そして夜、Jの隣ではCがぐっすりと寝ている。耳から詰めた布が、はみ出しているのが可笑しかった。 

下の階では、ガヤガヤと大人達の声がする。しばらく天井をボーッと見ていると、「ドンドンドン」と太鼓のような音が響いた。 

同時に大人達の声も、一瞬ピタリと止んだ。Jの予感は適中した。梅が家の玄関を叩いてるのだ。 

Jはそう思うと恐くなり、ユサユサとCを揺り起こした。「ううん・・・なんねー」と寝ぼけるCに事情を説明。共に震えながら、大人達のいる1階に降りて行く。 

大人達はボソボソと何かを喋っている。Jが怯えながら「お父・・」と言うと、「気にする事ぁねえで、さっさと寝なっせ」。またガヤガヤと、大人達は別に気にする事なく、普通にビールを飲みはじめた。 

次の朝、Cと一緒に玄関を出ると、魔除けの食い物が無くなっていた。「な?俺の言う通じゃろ?」とCが言う。

その事を親に聞くが、「あれは朝1にしまい込むでな」と答えるだけであった。 

そしてソレはしばらくの間続いたが、ドアをノックする音がしなくなると、「ああ、49日が終わったのだな」と思った。

その村では、49日が過ぎるまで墓を作らなかった。遺体は火葬か土葬をしておき、49日が来るまでは「魂を遊ばせておく」そうだ。 

村のはずれには集合墓?があり、村人はここに埋められ墓が作られる。しかし、梅の墓は別の場所に作られる事になった。 

「御先祖様の墓とキ○ガイの墓を一緒にするのは申し訳ない」という理由だそうだ。死んでもなお村人として扱われない梅に、Jは少し同情したが、怒られるのが恐いので、口にする事はしなかったそうだ。 

そして、梅の墓は川原に作られた。墓といっても1、2本の縦長の板で出来た簡易な物で、さらにその回りには囲いも何も無く、「ただポツンと立っていた」そうだ。 

しかも、川のすぐそばに立てられている為、ちょっと強い雨が降ると、増水した川に流されてしまう。実際梅の墓は、1ヶ月もしない内に流されてしまった。 

流されるという事は、人に忘れられてしまう。まさに『水に流す』のである。流されてしまってはしかたがない。俺達は悪く無い。 

そんな『自分勝手な不可抗力』という名の殺人や非道が、その村ではあたりまえに行われていたらしい。 

身内がそばに居ないというだけで、人1人が村ぐるみで消されてしまう恐怖。そして、それをあたりまえと思う大人達に、Jは恐怖した。 

「自分も大人達の機嫌を損ねたら、何されるかわからん」と・・・だから、その村では大人が絶対であり、いわゆる『不良』と呼ばれる子供もいなく、子供は大人達の従順者であった。 

「村落という閉鎖的な場所で、独自的な文化を持つというのは恐ろしい事で、そこでの常識は常に非常識だった。あのまま村で大人になったら洗脳されて、あの大人達と同じになっていただろう。 

だからお前は、たくさん友人を作って、色んな人の意見に耳を傾けて、常に自分の行動に間違いが無いか疑問を持て」 

と、死んだじいちゃんは語ってくれた。



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