集落

2016.09.22.Thu.21:15

もう20年以上前、少年時代の話である。

俺は名は寅、友達は雄二と弘樹と仮名をつけておく

あれは小学校六年生の夏休み。俺達は近所の公園で毎日のように集まり、遊んでいた。

夕焼け空が真っ赤に染まりだした頃、「そろそろ帰ろうか」と弘樹が言い出す。

片親で家に帰っても一人ぼっちの雄二は、「もう少し遊ぼうや」と俺達2人を引き止める。

門限に厳しい弘樹は「ごめんな、また明日遊ぼうや!」と言い、帰って行く。

弘樹の姿が見えなくなると、決まって雄二は「あいつ毎回付き合い悪いのー」と愚痴りだす。

すっかり暗くなった公園には俺と雄二の2人きり。

雄二の話に適当に相槌を打つも、早く帰らねば俺も親に叱られる。

そんな俺の挙動が伝わったのか、雄二は少しイラついた顔をして、

「寅も帰りたいんやろ?帰ればいいやんか」と言い放つ。

少しムッとしたが、何時ものことだと自転車にまたがろうとすると、

「俺、こないだ廃屋みつけつたんよねぇ」雄二が言う。

どうせまた引き止めようと、興味を引こうとしてるんだと思い、

俺はあえて聞こえないふりをし、自転車を走らせようとすると、

「俺今夜、廃屋に探検しに行ってくるわ~」とさっきよりも大きな声で言った。

廃屋、探検、興味はあったが、親に怒られたくなかったので、

「雄二、お前もはよ家帰れよ~」と言って、家へ帰った。

どうせ一人で行く勇気もない癖に、とその時は思ってた。

家へ帰り、風呂に入り、晩飯を済ませた頃だった。ジリリリリンと電話が鳴る。

「もしもし」と電話に出ると、雄二の母親からであった。

『あんたんとこにうちの雄二いっとらんかね!?』

乱暴な言い方に軽くムカッときたが、

「雄二君なら、まだ公園で遊んでるかも」と言うと、ガチャっと電話を切られた。

雄二の母親にはムッときたが、雄二が帰宅してないと聞き少し心配だった。

雄二は少し悪ガキで、夜遅くまで遊んでいる事が多く、悪い連中と付き合いがあると噂されていた。

夜も十時をまわり、床に就くと遊び疲れか、すぐに眠ってしまった。

翌朝早朝、母親が血相を変えてたたき起こしに来た。

「雄二のお母さんから電話がかかって、昨日から家に帰ってないってさ!ここにいるんじゃないかって怒鳴り散らすんよ~」

またかよと思ったが、一晩も家に帰らないのは初めてだし、

本当に昨日言っていた廃屋へ探検しに行って、何かあったんじゃないかと心配になってきた。

弘樹に電話をして、事の経緯を話すと、弘樹の家にも同じ様な電話がかかったらしい。

取り合えずいつもの公園で待ち合わせをして、落ち合うことにした。

「雄二とはもう付き合うなって母ちゃんに言われて、大変だったよ」

弘樹が疲れた顔で言う。

「あいつの母ちゃん変わってるよな」と俺が言うと、

弘樹が「まあ、それも解る気がするわ・・・」と意味深な事を言った。

「???解る気がするって??」と俺が聞くと、

「あ、なんでもないよ。それより、雄二の行きそうな場所探さんと」

そして俺達はよく三人で遊んだ場所をぐるぐる回ったが、雄二は見つからなかった。

一旦公園へ戻り、水を飲み休憩していると、公園の横を雄二の母親が車で通りかかった。

俺達に気がついたのか、車のスピードを落としゆっくり通り過ぎていく。

雄二が帰ってこなかったせいか、充血した眼でギロっと俺達を睨みつけ去っていった。

心なしか、口元がぶつぶつ何かを言っているようにも見えた。

「おっかねぇな・・・」と弘樹が言った。

「・・・・はは・・・」

「そういえば寅さぁ、昨日俺が先に帰った後、雄二なんか言ってなかったんか?」

「ああああああ!!」

アホな俺は廃屋の話を弘樹に言われ思い出した。

昨日の会話を弘樹に伝えると、

「廃屋かぁ・・・多分あそこにあるやつやないかなぁ・・・」

弘樹は何か知っている風だった。

「弘樹、場所わかるんか?わかるんなら行って見ようや」と俺が言うと、

「う~ん・・あんまし行きたくない~・・」と弘樹がごねる。

煮え切らない弘樹に業を煮やして、

「お前、雄二が心配やないんか?はよ行くぞ!」

嫌がる弘樹に案内させ、自転車を漕ぐ事1時間。

道路も途中から舗装されてなく、砂利道に変わった。

「この集落の先にあるんやけど・・・」

たどり着いた場所は、川沿いの小さな集落だった。

「ここって・・・もしかして○○地区ってとこ??」

「・・・そうそう」

弘樹が嫌がった理由がわかった。

ここは絶対に近づいてはいけないと、親達にいつも言われている地区だった。

集落の家屋は、半分以上朽ち果てたようなものばかり。

歩いている人の身なりも煤け汚れていた。

数人の老人がこちらに気がつくと、足を止めてこちらを凝視してくる。

その眼はどれも荒んで、憎しみさえ感じられるほど強い視線。

よく見ると、日本の物ではない小さくボロボロな国旗が風に揺れていた。

「弘樹・・・例の廃屋ってのは、この地区の中にあるんか?」

「いや、確かこの地区の、少し先の山の中だったはず」と小さく答えた。

「そこへ行くには、この集落の中通らんと行けんのか?」

「・・・うん」

50メートル先では、数人の住民が俺達の事をじっと見ている。

恐ろしかったが友達も心配だ。

俺達は腹を決め、怪しまれない程度の速度で自転車を走らせる。

なるべく視線を合わせないよう進んでいく。

少し進んでいくと、数人の老人が地べたに横になっていた。

自転車で進む俺達に気がつくと、上体をむくっと起こして俺達の事を見ている。

見ない振りをしながら先へ進む。

集落を抜けた辺りで、弘樹の自転車が急に止まった。

そして転がり落ちるように道の端へ走りだした。

「おい、弘樹どうしたんか!?何してるん!?」

声をかけると、弘樹は急に道の端でげーげーと嘔吐した。

「大丈夫か??具合が悪くなったんか??」と背中をさすりながら声をかける。

すると弘樹が「寅・・・あそこ・・・」と涙目で指を差す。

弘樹の指差した場所には、たくさんの頭のない鶏が木に吊るされていた。

食べる為に血抜きをしているのか、地面には真っ赤な血の水溜りが出来ていた。

それを見た俺も思わず嘔吐してしまった。

慌ててその場を離れ、少し休憩しようと山に入り、人目につかない木陰に自転車を隠し、腰を下ろした。

「弘樹よぉ・・廃屋がここにあったとしてもよ、雄二の奴一人でこんな場所これるかな?」と言うと、

弘樹は少し俯き、小さな声で「これるよ」と言った。

「う~ん、俺なら絶対無理やな。うん、無理だ」

「寅よぉ、お前、知らんのか?」と不意に弘樹が言う。

「ん?何を?」

そう聞き返した時だった、数人の男が集落のあった方向から山へ入ってくるのが見えた。

「やばい、寅、隠れよう!」

俺達は木陰に身を低くし、様子を窺った。

大きなズタ袋を老人が数人で担ぎ、山を上がっていく。

老人達はニヤニヤしながら、俺達にはわからない言葉で会話している。

「あいつらなんて言ってるんだ??」

「それより寅、あいつら廃屋の方へ行っとるかも・・・」

仕方なく俺達は、びくびくしつつも老人達と距離をとって後をつけた。

しばらく進むとバラック小屋のような建物が見えてきた。

「寅、あれが例の廃屋だよ」と弘樹が言う。

「そういえばずっと気になっとったんやけどさ、弘樹はなんでここ知ってるん?」と俺が聞くと、

「ん?ああ、お前とは六年になってから仲良うなったよな。

 俺は雄二とは三年の頃から友達での、いっぺんだけ来た事があるんよ」

「はは、お前等、俺の知らんとこで色々冒険しとるねぇ」

「冒険っちゅうかの、雄二のだな・・・う~ん、やっぱやめとくわ」

「何々??気になるやんか、教えれよ!」

「そのうちわかる事やけん、気にすんな」

そんな会話をしていると、男達は廃屋の中へ入っていった。

弘樹に促され、ゆっくりと廃屋へ近づいていく。

物音を立てないように廃屋の裏手にまわった。

裏手にまわると、廃屋の中からの声が聞こえてくる。

日本語ではない言葉で、大勢の男達が怒号のような声を上げ騒がしい。

「寅、こっちに窓がある」

先に進んだ弘樹が手招きしている。

近づき、煤けたガラス越しに中の様子が少しだけ見える。

さっき見かけた老人がいる。

部屋の中央へ向き、拳を振り上げ何か言っている。

「くそぉ、弘樹、肝心な所が見えん・・・」

「う~ん、何をしとるんやろうか・・もうちょっと中の様子が見える場所探すけん、寅はここにおってくれ」

そう言って弘樹は身をかがめ、廃屋の別の窓を探しに進んだ。

時折廃屋の中から大きな声がドッと上がるたびにドキっとする。

しばらく覗いていると、「あっ!」と弘樹の声が聞こえた。

一瞬廃屋の中が静かになったが、気付かれなかったのか、またざわざわと騒ぎ出した。

俺は弘樹の声がした場所へゆっくりと近づく。

弘樹は尻餅をつきガクガクと振るえており、涙を流していた。

中にいる連中に気付かれない様に小さな声で、「弘樹、どうしたんか?大丈夫か?」と尋ねると、

弘樹はぶんぶんと首を横に振り、声を殺し泣いている。

震える弘樹の肩をぽんと叩き、廃屋を覗いてみる。

先程と同じ様に煤けた硝子窓があり、中を覗いてみると、何かを取り囲むように男達が座っていた。

どの男達も部屋の中央を見て騒いでいる。

ゲラゲラ笑っているものもいれば、怒鳴り散らすように怒号を上げているものもいる。

不気味な光景に鳥肌がぶわっと立った。

男達の視線の先には丸く囲まれた柵があり、その中から羽毛の様なものが舞い上がっている。

柵の中がよく見えなかったので、足元にあった切株に乗り背伸びをしてみると、そこには雄二がいた。

衣服は脱がされ、口と両腕両足を縛られ、顔には殴られた後があった。

木の杭のようなものにくくられており、身動きがとれない状況になっていて、

雄二の周りには、鶏のようだが鶏より遥かに大きな鳥が暴れていた。

よく見ると大きな鳥の脚に短い刃物が縛ってあり、雄二は脇腹の辺りから出血し、痙攣していた。

あまりのショックと恐怖に身動きが取れず、ガタガタ震えていると、

正気を取り戻したのか、弘樹が俺の手をぐっと引っ張った。

「逃げよう」

弘樹に促され、震える身体を奮い立たせ、その場から離れた。

自転車を隠してある場所まで戻り、少しでも早くこの場を去ろうと俺達は突走った。

途中、例の集落を通ったが、皆廃屋へ行っているのかもぬけの殻だった。

地元まではどんなに飛ばしても1時間近くかかるが、田舎の為に駐在所も少なく、俺達は必死に自転車を走らせた。

やっとの思いで地元へ帰り、俺達は見てきた事をぐしゃぐしゃに泣きながら親達に話した。

母親は「あんた達、あそこへ行ったんか!?あんた達死にたいんか!?」と涙を流しながら怒鳴った。

父親が警察へ通報し、少しすると数台のパトカーが家の前を走っていく。

その中の一台に、雄二の母親が乗っているのが見えた。

通り過ぎる瞬間、雄二の母親は俺と弘樹をじっと睨みつけていた。氷の様に冷たい眼で。

目の前を通り過ぎても振り返り睨み続けていた。

その目は、あの集落で見た目つきにそっくりだった。

弘樹を父親の車で送り、「また明日な」と声をかけると、弘樹は少しだけ笑って見せた。

弘樹を無事に送り届け家へ帰ると、親戚やばあちゃんまで来て俺は叱られた。

そして父親が俺に言った。

「寅、お前はまだ子供で難しい事はわからんと思うが、聞いてくれ」

俺は黙って頷いた。

「今日お前達が言った場所はな、日本であって日本じゃねーんだ。

 道路も舗装されとらん、電柱も立ってねぇ。

 住んどるもんをみたか?みんなまともな格好はしとらんかったやろう?

 そんな土地に、頑なにいつまでん住んじょる。そして、“こっち側”の人間を遠ざけとるんや。

 あの地区には、わしらとは全く違う文化や風習があるんよ。

 あの地区の連中からすりゃ、わしらは敵に見えるようや。

 わしらはいつだって、“こっち側”へ迎え入れる準備はしとる。

 学校へもちゃんと通えるし、仕事だってある。

 あの地区から“こっち側”へ来て、普通に生活しとるもんもたくさんおるんよ。お前の友達の雄二んとこもそうや。

 ただ中には、出て行ったもんは裏切り者なんて、捻くれた感情を持つもんもあそこにはおる。

 きっと雄二は、小さい頃から遊んどった場所やけん、安心して遊んでたつもりなんやろうけど、

 一部の捻くれもんに、眼をつけられてしもうたんやろうな。

 んで今回、雄二が酷い目にあったのはお前達のせいだと、雄二の母ちゃんは言いよる。

 お前達が遊んでやらんから、余所者扱いするから、あそこへ行ってしまったと思い込んどるんよ。

 考え方が変わっとるっちゅうか、被害妄想っちゅうかの、捻くれとるんじゃの。

 まぁ寅も弘樹も気にせんでもいい事や。

 ただ、子供だけであの土地へ行くことはもう許さんぞ」

それだけ言うと、父親は仏間で横になり寝てしまった。

俺も昼間の疲れからか、布団に入った瞬間寝てしまった。

翌日、弘樹といつもの公園で待ち合わせた。

昨日の事はお互い言わず、なんとなく一日公園にいた。

夕焼け空が真っ赤に染まる頃、俺達は帰路へついた。

そして夏休みが終り新学期になり、雄二が転校した事を知った。

先生に行き先を聞いたが、家庭の事情だからと教えてもらえなかった。

そして、いつの間にか十年の時が経ち、大人になった俺達はあの土地へ行ってみた。

そこにはあの朽ち果てた集落はなく、

県道が走り、廃屋のあった山にはトンネルが通り、街へ出る主要道路として使われている。

あの集落の住人達は、一体何処へ行ったのだろう。

あの日見た荒んだ目は、今でもどこかで“こっち側”を睨みつけているのだろうか・・・

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