小さな白い影

2016.09.27.Tue.16:14

私は親族に、主に妻の家族へ隠し事をしている。 

なぜ私だけが知り、なぜあの時お義父さんが私だけに話したのか。

それは10年以上経過した今でもわからない。

それは妻の母親、つまり私のお義母さんが亡くなってから2ヶ月後。

その日は甥の誕生日があり、親族で誕生日パーティーを開いたときの事だった。

私は義兄に頼まれて、そのパーティーの様子を8ミリテープのビデオカメラで撮影していた。

すでに認知症気味だったお義父さんもその席にいた。

お義父さんには、妻との結婚や娘の誕生の時など、

元気な頃には本当に数え切れないほどお世話になった方だった。 

正直、飲んだくれで借金まみれだった私の実父なんかとは、比べ物にならない立派な人であり、

心より尊敬できる『父親』であった。 

そんなお義父さんは、ボ~っとしたまま焦点があわない瞳を泳がせるだけになってしまった、 

今までのご恩を思うと、そんな姿が本当に痛々しかったのを覚えている。 

後日、チェックの為にビデオを見ていると、

お義父さんの座っている椅子の後ろに、ぼんやりと小さな白い影が映っているのを発見した。 

その後、義兄の家へ赴き、ビデオを再生しながらそれを見せると、

「これお袋じゃないかな」と言う。 

確かに、生前のお義母さんの背格好によく似ている気がした。 

「親父を思って出てきたんじゃないかな。

 ほら、親父はもうボケ始まってるし、あの世に行っても心配してるんだろうな」

あまりオカルトな事とはほとんど無縁な私だったが、その時はなぜか素直にナルホドと思ったのを覚えている。

他の親戚に会うたびにそのビデオを見せた。

不思議と怖がる者は一人もおらず、みんな納得したかのように、お義父さん夫婦の愛情を喜んでいた。 

そして、再び妻の家へ出向いた際に、ビデオテープをお義父さんにも見てもらおうと持っていった。 

「ほら、お父さん、ここにお母さんがいるよ。まだお父さんの心配してるんだね」 

妻がTVに映し出された小さな人影を指差して、父親の耳元で話をしていた。 

そこで私は、お義父さんのボンヤリとした目に涙が浮かんでいたのに気づいた。 

妻もそれに気づき共に涙を浮かべた。

その日から1ヶ月もせず、お義父さんが倒れた。脳内出血だった。

救急車で病院に運ばれたのだという。 

それ以降、親戚の間では、

「お義母さんが、お義父さんを連れて行こうとしているんじゃないか」と噂をするようになった。 

あのビデオを見せた日の感動が何かバカにされているようで、私たち夫婦は悔しかったが、

時期や状況だけに、そうさせてしまうのは仕方のないことだった。 

お義父さんのお見舞いに行った時、

もうほとんど寝たきり状態になり、言葉も不自由になった姿を見た私は、涙を堪えるのに必死だった。 

あんなにも優しく、強かったお義父さん・・・今の姿からその面影も感じることができなかった。 

妻が席を離れた時、ふとお義父さんがTVを指差していることに気づいた。 

TVが見たいのだろうかと思った私は、TVの電源をつけようと立ち上がった。

しかし、ふと気づく。お義父さんの目は私を見ていた。 

何か言いたいことがあるのだろうか?

そこで私は、あのビデオテープに関することじゃないのかと思った。

それはある意味、直感的なものだったのかもしれない。

お義父さんの呂律の回らないしわがれた声が、それを確信に変えてくれた。 

しばらくして、お義父さんが亡くなった。お義母さんが亡くなって1年も経過していなかった。 

案の定、親戚の間では、「お義母さんが連れて行ったんだ」という話になっていた。 

そう、妻の親戚の間ではそういう話にしておいたほうがいいのだ。

これ以上、あのお義父さん夫婦の間を汚してはならないのだ。 

だから、あの病室でお義父さんが何故か私だけに言ったあの言葉は、私の心の中だけにしまっておこうと誓って、

もう10年以上が経過した。 

「あれは、ばあさんじゃない」 

もうほとんど、あのビデオは話題に上がらない。

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