金庫

2016.12.19.Mon.11:05

俺が小学三年生のときの話。

俺は東京生まれ東京育ちの江戸っ子なんだ。

父も母も島根の出身で、夏休みのある日に母方の実家に帰った。

久しぶりに会うじいちゃんとばあちゃんは、孫がかわいくて仕方ないらしく、

俺と弟をしきりにかわいがってくれた。

その家は特に変わったところのない、ちょっと大きめの一軒家だったが、一つだけおかしなものがあった。

(当時の俺の目には奇妙に映った)

それは、居間にある金庫だった。

まぁ電子レンジくらいの大きさの、普通のダイヤル式の金庫なんだが、神棚の下に仰々しく置いてあった。

まるで金庫を祀っているように。

子供というのは何でもいじりたがるもので、俺も御多聞に漏れず、その金庫を開けようと躍起になっていた。

その様子を止めるでもなく、じいちゃんは目を細めて見ていた。

居間に入ったばあちゃんが、「ちょっとおじいさん!○○ちゃんが・・・」なんてことをじいちゃんに言ってたが、

「どうせ開かんよ」みたいな感じで、じいちゃんは放任していた。

じいちゃんに「開けてよー、一億万円入ってるの?」とか言ってみたが、

「こりゃ壊れとるんだ。じいちゃんにも開かん」などとはぐらかされた。

俺も次第に飽きてきて、他の遊びをするようになった。

じいちゃんに、「明日はイカ釣りに連れてってやるからな」と言われた。

その日の夜、新鮮な魚をふんだんに使った料理が食卓に並べられ、

東京で売ってる魚よりも格別にうまい魚料理を食った。

大人たちは酒を飲み始め、食い終わった俺と弟は、一緒にまた家中の探索に向かった。

そしてまた、例の金庫をいじり始めた。

弟の見守る中、程なくして金庫から、カチャ・・・という音が聞こえた。

「開いたかも…?」

そう思い、扉を開いた。

その瞬間、全身の毛が総毛立った。

なんと、電子レンジほどの大きさの金庫の中には、少し大きめの女の顔が入っていた。

そしてゆらゆらと揺れていた。まるで陽炎のように。

その首の下には、お札みたいなものが大量に敷き詰められていたと思う。

俺はものすごい悲鳴を上げ、弟もすごい勢いで泣き出した。

その悲鳴を聞きつけ、両親や祖父母たちが駆けつけた。

金庫を前に泣き叫ぶ俺たちを見て、じいちゃんが「まさか開けたのか?」って聞いてきた。

金庫が開いてんの見りゃ分かりそうなもんだが、なぜか金庫は閉まっていた。閉めた覚えはないんだが。

ばあちゃんが何度かがちゃがちゃやっていたが、もう開くことはなかった。

じいちゃんは怒鳴りつけるでもなく、嗚咽を繰り返す俺を諭すように、

「○○ちゃん、何が見えたのか?ん?」とやさしく聞いていた。

しかしその表情は、傍目にも分かるほど狼狽していた。

「おっ、女・・・女!」と繰り返す俺に、「どんな顔をしてた?」と聞く。

「分かんない。でもなんか怒ってた・・・怒ってた・・・」

そう、確かに俺が見た女の顔は、明らかに激怒していた。(ように見えた)

じいちゃんは大きく溜息をつくと、ばあちゃんになにやら指示を出した。

ばあちゃんは慌てて玄関から出て行った。

俺は食卓まで連れて行かれ、日本酒と思しきものをコップ一杯飲まされた。

その印象が一番強い。死ぬかと思った。弟も即座に吐いていた。

しかしじいちゃんは、「□□ちゃん、いい子だから」って必死に飲ませてた。

その後、戻ってきたばあちゃんに風呂場に連れて行かれ、なぜか弟と共に丸坊主にされた。

そのとき弟は、すでに意識混濁だったが・・・。

その後、酒の影響もあってか、(というかたぶん酒のせいで)すぐに眠りについた。

翌日、じいちゃんに「今日はイカ釣りは駄目だな。波が荒くて危険だ」と言われた。

快晴で風もないように思えたが。

昨夜のことを聞きたかったが、何かとんでもないことをしでかしてしまったように思い、結局誰にも聞けなかった。

やがて大きくなり大学生になった俺は、何年ぶりかにその出来事を思い出し、まず弟に聞いてみた。

すると弟は覚えていなかった。無理もないだろう。弟はそのとき小学一年生だったのだから。

次に両親に聞いてみた。するとそんなことはなかったと言った。

丸坊主にされたじゃん、とか、酒飲まされたじゃん、とか食い下がったが、

丸坊主にしたのは地域の野球チームに入るため、

酒はあんたが興味本位で勝手に飲んでぶっ倒れた、などと言いくるめられた。

確かに小学三年頃から野球は始めたが、そのために坊主にした覚えはない。

今にして思えば、あの記憶は夢だったのだろうか、とさえ思う。

だが今でも瞼を閉じれば、あのときの恐ろしい女の顔がうっすらと浮かぶ。

あの夏の出来事は、一体なんだったのだろうか・・・。

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