くーちゃん

2017.01.11.Wed.11:19

福島県郡山市で 地方銀行に勤務する高野美穂子さん(仮名)が摩訶不思議な怪異現象に遭遇したのは今から三年前の事である。

当時美穂子さんは 職場の上司の紹介で知り合った大学病院勤務医の信幸さんとは恋愛中だった。

二人は結婚の話も進んでいて 近々両家の親に紹介するばかりになっていた。

ところが そんな幸せの真っただ中にもかかわらず 彼女に突然異変が起き始めたのである。

最初の異変は ゴールデンウイーク初日の事 信幸さんとデートの約束をし 待ち合わせ場所に急ぐ途中 美穂子さんは今まで経験したことのないような激しい頭痛と吐き気に襲われたのである。

視界もボンヤリ とても立っている事など出来ず 思わずその場にしゃがみ込んでしまう程だった。

それからどれ位 時間が経過した頃だろう。気が付いた時 美穂子さんは自分の部屋のベットに横になっていたのだ。

自分でもビックリして 時計を見ると 信幸さんとの約束の時間よりもう二時間も経過していたのであった。

その時は 訳も分からずとにかく信幸さんの事が気がかりで 早速携帯に電話した。

「あの・・・ 今日は本当にごめんなさい。」

「・・・本当に悪いと思っているのか?」

「本当よ。 もう百回でも 千回でも謝ります。ごめん ごめん ごめんなさい。」

「いいよ もうわかったよ。」

「今日 急に頭が痛くなって・・・」

「言い訳はいい。 悪かったと想えば それでいいんだ。もう二度とあんな事はするなよ。」

「はい。」

「今日の事はもう 気にしなくていいよ・・・じゃ お休み。」

「ええ お休みなさい。」

恋人の優しさに触れ ますます愛情が募った。

張りつめていた緊張が一度にほぐれ ひとまずホッとしてテレビでも見ようかと立ち上がると 棚に飾っておいた人形が落ちているのに気ずいた。

「くーちゃん・・・か。」

子供の時 いつも遊んでいたその人形に名前を付けていたのだ。

「最近 地震が多いからかしら?」・・・と別段気に留める事も無く 落ちていた人形を棚に上げた。

翌日 美穂子さんは昨日のお詫びの意味で 手料理を味わってもらおうと信幸さんを食事に誘った。

「いや~ 昨日は参ったよ。」

「も~う・・・だから 今日は私が腕によりをかけてご馳走するから・・・」

おどけた調子に笑いながら キッチンにむかおうとしたその時 棚にきちんと置いたはずの人形が ポトリと落ちた。

「あら」

座りが悪いのかしら・・・等と考えながらその人形を拾い上げようとした時 またあの激しい頭痛が始まったのである。

「ウウッ‼」

耐え難い痛みに 髪をかきむしりながら ただただ頭痛と戦っていた。

「アアッ ウッウッ・・・」

その日 気づいたときには 美穂子さんはベットに横になり ボンヤリしていた。

信幸さんの姿は無い。

一体 何が起こってしまったのか。

その晩は 一睡もできずに 涙だけが溢れてきてしようがなかった。

信幸さんと連絡が取れたのは翌日の事だった。

「君のような女とは もう会いたくない。」

「お願い お願いだから 話を聞いて。」

「ダメだ 聞く耳なんて持たないね。」

「そんな・・・ 一体私が 私が何をしたっていうの?」

「しかし・・・よく言うよ あんな酷い事しておいて。」

「え~っ?」

まるでちんぷんかんぷん 訳が分からない美穂子さんは やっとのおもいで今までの一部始終を話してもらった。

信幸さんの話によると デートの待ち合わせ場所で美穂子さんは いつもとやたら雰囲気が違いやけに険しい目つきをしていた。

そして急に 「私 本当はあんたとなんかお付き合いしたくないのよ。」

そう美穂子さんが 大声で叫んだと言うのだ。

「何だよ 急に。 何を言うんだ。」

「誰が あんたとなんか。私は大嫌いよ。」

「おい 今の言葉 本気か?」

「当たり前よ。」

これが 本当だと言うのか。全く信じられなかった。エリート医師である信幸さんとの結婚を待ち望んでいる自分が そんな事を口にしたなんて・・・。

昨夜は 人形を拾おうとした時 棚の前でうずくまり 犬のような唸り声を出していたと言う。

「美穂子 どうした 頭が痛いのか。」

信幸さんが 体を抱きかかえようとすると

「触るな‼」

そう言って その手を払いのけたと言うのだ

「どうしたんだ おい」

「触らないで 不潔 さっさと出ていってよ。」

「食事に誘ったのは お前だぞ。」

「出ていって 出ていかないと 大声だすわよ。」

「ああ わかったよ。 もう二度と来ないよ。これで終わりだな 俺達。」

こうしたやりとりがあって 信幸さんは部屋を出ていったと言うのだ。

しかも ドアを閉める時 美穂子さんは信幸さんの顔を横目で見ながら ニヤリと笑った言う。

数日後 思い余った美穂子さんは メンタルクリニックの門をたたいた。

しかし いろいろな検査の結果を診ても 何の異常もないとの結論がでた。

精神に異常が無いとしたなら あの現象は一体何なんだろうか。

考えれば 考えるほど どんどん不安が募ってくる。

「私は 一体どうなってしまうのかしら・・・」

部屋で一人で考え込んでいると その時どうした事か 例の吐き気と頭痛が突然襲い掛かってきた。

「アアッ ウウッ~ッ」

前にもまして 耐え難い非常なまでの激痛だった。

いっそこのまま 死んでしまいたいと 本気で思う程だった。

・・・と その時 激しくドアをノックする音が 部屋に響き渡った。

やっとの思いでドアを開けると そこに立っていたのは信幸さんだった。

「信幸さん・・・」

思わず 駆け寄ろうとしたが 間髪おかず

「君って女は 一体何なんだ・」

「・・・え? 何って?・・・」

「俺のアパートに来て しつこくチャイムを鳴らしただろう。」

「そんな事 してないわ‼」

「じゃ これは何なんだ」

と信幸さんが差し出したのは 棚に飾っておいた人形だった。

「もういい加減 嫌がらせはやめてくれ‼」

そう言い終わるやいなや ドアを思い切り締め その場を去った。

一人取り残された美穂子さんは 精も根も尽き果て 涙も出なかった。

美穂子さんは次の日 母親に来てもらい 今までの一切の顛末を話した。

「一体 どこでどう狂ってしまったのかね・・・」

「本当に 訳がわからないの。 ただ・・・」

「ただ 何なの。」

「誰かに 邪魔されている気がする。」

「誰かにねえ・・・ アアッ」

 と 母親は顔色を変え息を飲んだ。

「もしや・・・とにかく信幸さんをすぐに呼んで。話をしてわかってもらわなくては」

その夜 美穂子さんの母親が電話したので 断る事もできず 信幸さんはしぶしぶ美穂子さんのアパートにやってきた。

そして またもや恐ろしいくらいの 美穂子さんの一面が 信幸さんの口から出てきたのだ。

深夜 信幸さんのアパートを訪ねた美穂子さんは激しくドアを蹴りながら

「開けろー おい こら 信幸 ‼ 開けろー」

随分我慢していたのだが とうとう耐え切れず ドアを開けると その場にいるはずの美穂子さんは消え失せ そこには一体の人形が立っていたのだ。

「嘘 私 そんな事していない」

「じゃ あの人形は何なんだ」

二人が口論を始めた時 母親がぽつんとつぶやいた。

「・・・それ もしかしたら 久美子かもね。」

「えっ お姉さんが」

「お姉さんって でも君にはお姉さんはいないだろう」

信幸さんが不思議がるのも無理はない。美穂子さんでさえ 姉の事を忘れていたのだから。

美穂子さんには 三つ上の姉がいた。

姉の久美子さんは 小学校三年生の時 交通事故で亡くなっていたのだ。

母親が ポツリポツリと話した事によると 美穂子さんは姉が死んだ事でショックを受けふさぎ込んでいたため 人形を買って与えそれをお姉ちゃんだと思って ずっと大事にしていたと言う。

月日が流れ いつしかお姉ちゃんの事を想い出さなくなっていた。

幼いころはお姉ちゃんに語り掛けるように (くーちゃん)と名前を付けて 毎日その日の出来事などを報告していたのだ。

「私 すっかり忘れていた。それでお姉ちゃん怒っていたの?」

「お姉ちゃん ごめんね 私と一緒にお嫁さんになろうね」

美穂子さんは人形に向かって 手を合わせた。

その日以来 あの忌まわしい頭痛はピタリとおさまったのである。

今では 美穂子さんは信幸さんの良き妻となり 幸せに暮らしている。

そして もちろん 人形には毎日 ジュースやお菓子をあげ 色々な事を話かけている。

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