臨時最終列車

2017.01.19.Thu.16:26

僕が大学3年生の時の事である。大学で仲良くなった男が夏休みで田舎に帰省し、遊びに来いと誘って来たので、昼食を終えると一人車を運転して出かけた。ちょうど大きな台風が日本に近づいており、朝から雨が降って異常に蒸し暑い日だった。しかし台風の動きは遅く、急に天気が悪化する恐れも無さそうだったので、約束の日に出かけた。

友人の家は、県の一番奥地にある山深い里だ。県道が伸びてはいるが、山また山の険しい地形を通るので、細い上に曲がりくねり、運転歴の短い僕にはちょっとした訓練コースだった。ただ、JRのローカル線が、時に道路に並行し、時に山を隔てて離れ、時折踏切で交差しながら伸びている。1両編成の気動車が1日に10往復もない赤字路線で、過去に何度か廃止の話が出たが、わずかな高齢者や学生の足としてどうにか存続してきたものである。赤字解消の一助として、僕もその列車で友人の村まで行ってもよかったのだが、最終列車は午後9時過ぎであり、友人との話は長くなりそうだったので、それはやめた。

実際、積もる話に時間のたつのも忘れ、友人の家を出たのは午後11時を回っていた。せっかく来たんだから泊まっていけ、と彼は言い、母上も寝床の用意をしてくれた。僕も本当ならそうしたかった。だが、談笑の合間に見たテレビのニュースでは、台風は速度を上げ、上陸が早まりそうであった。雨も夜が更けるとともに本降りになっていた。友人の村に来る県道は、大雨が降ると通行規制がかかり、通れなくなるのを僕も知っていた。何日も通行止めになって帰宅できなくなったら困る。そう言って僕は友人の好意を謝絶した。彼も理解してくれて、今度改めて泊りがけで来いと、すでにパジャマに着替えて玄関先まで送ってくれた。うん、また来るぜ、と言って僕は、傘をさしても濡れそうな強い雨の中を、自分の車に向かって駆けた。

2・3分も走れば車は集落を抜け、山と森に挟まれた人気(ひとけ)のない道を走る。街灯もなく、対向車も来ず、雨が激しく降っている夜道は何となく薄気味悪いものだ。早く人里に出たかったが、無茶して崖にぶつかったり脱輪しては大変だ。慎重に運転を続けた。

途中で何度かローカル線の踏切を通る。最初の踏切を抜け、二つ目を通り、三つ目の踏切が見えた、と思ったら、いきなり警報器の赤い光が点滅し始め、カンカンカンカンという音が、締め切った車内まで響いて来た。僕は「ええ?」と声に出した。終列車はもう2時間も前に通っているはずだ。今頃列車があるわけがない。しかし遮断機も下り、僕は踏切の前で車を止めた。最初は少しびっくりしたものの、保線用の車両でも来るのかと考えて、人の気配を感じてむしろ安堵の気持ちが湧いた。

しばらく待っていると、カーブで車輪とレールがきしむ甲高い音を立てて車両が近づいて来た。僕はまた奇妙に思った。それは山里の方から来るのだ。しかも、木立の間から見え隠れしているのは明らかに旅客用の気動車だった。カーブの多いこの辺りでは、列車は速度を落としてノロノロ走る。ゆっくり時間をかけて列車の全体が視野に入った。運転室は真っ暗だが、夜間は外を見やすいように客室の光をさえぎっているから当然だし、その直後にとんでもない光景を目撃するなどとは思わないから、いささか不審ながらも僕はただボーッと見ていただけで、何者が運転しているかなど、気にも留めなかった。

だが、列車が踏切に差しかかって車窓が見えた時、僕は悲鳴を上げそうになった。全身がこわばった。明々とした車内の照明を浴びて座席にいるのは生きた人間ではなかった。白骨だった。丸い白い頭。ぽっかり落ちくぼんだ二つの眼窩。黒い三角形の鼻孔。笑いを浮かべているかのようなむき出しの歯列。そんな骸骨が全部で6体乗っていた。うち一つは小さく、子供のようだった。骸骨たちは、どういうわけかパジャマや古い寝巻のような物を着ていた。そこからのぞく腕や胸も骨、白い骨……。その様子は、僕の心に、まるで写真にでも撮ったかのように鮮明に、細部まで焼き付いた。あまりに強い劇的な光景ははっきり記憶に残るそうだ。学術的にどう言うのか知らないが、まさにそれであった。

僕はこわばったまま運転席にいた。時計を見る余裕などなかったから、どれくらいそうしていたかわからないが、たぶん10分くらい経ったろうか。後方からのクラクションの音で一挙に我に返った。ルームミラーに車のライトが写っていた。僕は車を急発進させ、後続車を振り切る勢いで雨の山道を飛ばした。よく事故を起こさなかったものだ。追い立てられるように必死にハンドルを切りながらも、まざまざとよみがえる骸骨どもの記憶の中に不吉なものを見た。骸骨の一つは、先刻別れた友人と同じようなパジャマを着ていたのだ。いや、友人のパジャマそのものに違いなかった。しかし僕は混乱と恐怖の中にいたから、それが何を意味するのかも分からず、ようよう平野部の市街地に出て人心地つき、自宅に着くと、もう寝静まった家族を起こさないよう部屋に戻り、友人に電話をする元気もなくベッドに倒れ込んだ。

その日の明け方近く、速度を増した台風の影響で各地に大雨が降った。友人の村も豪雨に見舞われて大規模な土石流が集落を飲み、6人が死んだのである。うち一人は小学生の男児であり、そして友人も犠牲者となったのであった。一月ほど後の合同慰霊祭には僕も加わって線香を手向けた。深夜のおぞましい体験については誰にも話さないまま……。

僕が見たあの奇怪な列車は何だったのだろう? 単なる幻覚とは思えない。あるいは、暗黒の運転席には死神が座っており、僕は死の国へと連れ去られる霊魂を垣間見たのだろうか?

ローカル線は豪雨で大被害を受け、復旧にはあまりに多額の経費が見込まれたため廃止された。けれども沿線の住民は、廃止後も時折であるが、深夜に列車が走るような音を聞く事があるという。

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