飛ヶ首

2017.01.20.Fri.16:28

○○○キャンプ場は、かつては草ぼうぼうの荒地だったが、県営リゾート整備事業の一つとして、21世紀に入って間もなくキャンプ地として開発された。キャンプ場とは言っても、近頃のように、自動車での乗り入れ可能でバンガローやコテージが建てられ電気も通っているような、安易な快適さを売りにしたものではなかった。じかに自然と触れ合い、生活する事の意義を体験する、という方針の下、谷川から引いた水道の蛇口と簡易な流し台、それに仮設トイレが数ヶ所ある他は、整地して芝が植えてあるだけの殺風景な所である。おまけに車での乗り入れは禁止だから、駐車場から荷物を担いで1時間近く歩いて来なければならない。だから、ただ単にレクリエーションを目的とするだけの客には敬遠されていたが、本格的なキャンプを楽しみたい人々には人気の場所である。

7月下旬のある日、○○○キャンプ場に10人の若い男女がキャンプに来た。同じ大学に通う男6人、女4人の気の合う学生同士であり、夏休みに入った早々の事であった。その日はどんより曇った陰うつな天気だったが、雨にはならないという予報だったので、予定通りキャンプの実施を決めた。午後も半ばを過ぎて、キャンプ地の駐車場に到着、各人で資材や食料などを抱えてたわいもないおしゃべりをしながら草むらの中の道を歩くとキャンプするべき広場に着く。キャンプには絶好の季節であったにもかかわらず、彼らが着いてみると、他には誰も先客はおらず、その後も誰も来なかった。珍しい事だったが、「何、かえって気楽でいいさ」と若者たちは屈託がなかった。

彼らは、流し台のすぐそばに荷物を下ろし、それぞれ分担して、テントの設営、料理の準備、たき火をするための薪(たきぎ)拾いなどを行なった。キャンプ場は三方を山に囲まれ、ふもとあたりからうっそうとした杉木立の森に覆われて、それが山の斜面に続いている。下草は伸び放題に伸びている。3人の男が、焚き火をするための薪を探しにキャンプ地から150メートルばかり離れた森に入り、草をかき分けて両手いっぱいに枯れ枝や朽ち木を抱えて戻って来た。

すでにあたりは薄暗い。キャンプと宴の準備は終わりに近づいていた。張ったテントは3つ。女の子4人が泊まる大型テント1張り、男が3人ずつの中型テントが2張り。若者たちは、軽口を叩いたり好きなアイドルの話などしながら作業をしていたが、遠くの森の草むらの中に、ぼんやりした、ちょうど20ワットの白熱電球のような黄色っぽい光があるのに誰ともなく気が付いた。気のせいか、その光はかすかに揺れ動くように見える。

「何だろう? あんな所に何もないはずだが……」、「人魂みたい。気味が悪いなあ」、などと話していると、最後の作業を終えた一人の男がやって来て、「ははは、何を言ってるんだ、あれは懐中電灯だよ」とおかしそうに告げた、「僕たちが、少し前に森の中へ薪を取りに行っただろう。こんな曇り空だし、森は暗いと思って、懐中電灯を持って行ったんだ。帰ってきたら無いんで、どこへ落としたのかと思っていたところさ」。仲間のうちには納得しない者もいた、「まだ明るかったのに、スイッチを入れたまま落としたのかい?」。「どうかな? でも、確かに僕らはあのあたりを通ったんだ。落とした拍子にスイッチが入ってしまったのかもね。それしか考えられないじゃないか」。

なるほど、そうに違いないだろう。理由がわかると誰も気に留めず、落とした男と、彼と仲のいい女が連れ立って懐中電灯を拾いに行った。2人が森の草むらの中に踏み込んで、あと5・6メートルという時、急に光は消えてしまった。「あれ?」、彼らは首をひねりながらさらに進む。懐中電灯は確かにそこにあった。しかし、拾い上げた女の子が声を上げる、「ねえ、これ、スイッチが入っていないよ」、「馬鹿な。今の今まで点っていたのに。からかうなよ」。「本当だって。私はそんなつまらない嘘なんか言わないし」。2人は懐中電灯をしげしげと見たが、確かにスイッチは切れていた。そもそも、地面に落としたくらいでスイッチが入るような構造にもなっていない。「それなら、たった今まで光っていたのは何よ?」。彼らは何やら不安なものを感じ、急ぎ足でキャンプ地に戻った。待っていた仲間たちに「あったか?」と聞かれて、「あった」と答えただけで、それ以外は何も言わなかったし、仲間たちもそれ以上たずねず、その時はそのままになった。

夜になっても相変わらず雲は厚く、月も星も見えず、地上は真っ暗だったが、若者たちは大きな焚き火を起こし、火を囲んで魚や肉や野菜をカセットコンロと鉄板で焼いて食べたり、ジュースやビールを飲んで話に花を咲かせた。女の子たちは焼きそばの用意をして来ており、麺や具を鉄板でジュージューと手際よく焼いて、ペーパープレート(紙皿)に取り分けて男子組にふるまった。思わぬごちそうに感謝感激の男たち。興が乗ってギターを弾く男がいて、女たちがそれに合わせて人気アイドルグループの歌を歌い、男たちが合の手を入れるなど、楽しい宴となった。

そんなにぎやかな集いのさなか、1人の女の子が「ちょっと、あれ見て!」と頓狂な声を上げた。若者たちは次々に歌も食事もやめて女の子を、次いで彼女が指し示す方向を見た。闇夜なので距離はわからないが、森の草むらと思しき方にぼーっとした黄ばんだ光が見える。小さく揺れるように……。しばし全員が押し黙り、光を見た。「あれは……、君らが夕方、懐中電灯を拾いに行ったとこじゃないのか?」、誰かが言った。そうだよ、と小さな声で返答があった。「確かに拾って来たよな?」、「拾って来たよ……」。

「誰かこっちへ来るんだよ。誰だろうな、今頃こんなとこへ……」、1人の男が仲間たちを見回してそう言って、光の方に向いて「おーい、誰ですか! 誰かいるんですか!」と呼びかけたが、返事は無く、光も、わずかに揺れるように見えるものの、動かない。一体、そっちは山ばかりで人家もなく、今時分人が来るわけがない。

「よし、正体を見届けてやる。誰か一緒に来てよ」と、夕方のとは別の、リーダー格の男が言うと、「よし、僕が行く」、「俺も行こう」と男たちが次々名乗りを上げる。女の子たちは、「そんなに大勢で行ったら、残った私たちはどうなるの? 怖いわ」と抗議し、結局男3人が手に手に懐中電灯を持って光の方に歩いて行った。相変わらずぼんやりした光に向かって彼らが接近するのが、懐中電灯の光の動きでわかる。だが、3人が光源にたどり着いたと見えた時、またしても淡い光は消えてしまった。キャンプ地の7人からは、懐中電灯の光線がそのあたりをあわただしく飛び回るのが見えるが、確かめに行った3人も怪しい光源を見失ったようだった。

ややあって3人の男は帰ってきた。何かに追われるように早歩きで、表情を硬くしていた。「おかしい。何もない」。他の者たちも皆3人に視線を向け、あれこれ聞いたので、しばし森の方を見る者はいなかったが、ふとそちらに目をやった女が悲鳴に近い高い声で「あ、あれ!」と言う。皆がいっせいに振り向いた先には、またあの光が点っている。ぼんやりと、小さく揺れるように。

10人全員、しばし凍り付いたように無言で見ていた。もう、改めて見に行こうと言う者はいなかった。ようやく、かすれたような声で一人の女の子が、「いやだ、もう帰ろうよ。こんな気味の悪いの、いや」と言った。他の女や男からも、そうしよう、と声が上がる。けれども、リーダー格の男は「落ち着け」と皆をなだめた。もうすっかり夜も更けて暗い中でテントや設備を撤収するのは大仕事であるし、闇の中を駐車場まで長時間歩くのも危険だ。あれは、ただ光っているだけで害は無さそうだ。たぶん何かの自然現象に違いない。今夜はこのまま一泊しよう。

その言い分ももっともであり、結局彼らはとどまる事にした。しかしこれ以上宴を続ける気力は失せた。若者たちは、言葉少なにそそくさと食器や食材を片付け、ランタンやカセットコンロや折りたたみ椅子を収納し、焚き火を消すとテントに潜り込んだ。大型テントには女子だけ4人が入るはずだったが、彼女らが怖がるので男が2人入れ替わり、女2人は一人ずつ男子のテントに入れてもらった。彼女らは早々にシュラフで頭まで覆って眠ってしまった。男たちは、時々テントから顔を出しては外を見た。相変わらず光は震えるように森の方で点っている。そのうちに彼らも眠ってしまい、目覚めた時はすでにあたりは明るくなっていた。急いでテントのファスナーを開けて例の方角に視線をやると、もう光はなく、杉木立と草むらが朝の風に揺れているだけだった。

もちろん、彼らは急かされるようにテントをたたみ、帰って行った。

さて、この話には続きがある。キャンプに行った男女学生のうち4人ばかりは、その奇怪な出来事の理由・原因を探ろうと思い立った。ただの自然現象だ、と言う者もいたが、彼らは納得できなかったのだ。夏休みの間はもちろん、新学期が始まってからも暇を見ては、手を尽くして調べて回った。その経過については冗長になるので省略する。ただ、例えば○○○キャンプ場設置に際して何かあったかも知れないと考え、県の土木建設事務所に行ったところ、それはこちらではなく県庁の観光課の担当だと言われたり、土地の警察に事情を聞こうとしたが、特別な理由がない限りむやみに情報を公開できないと断られたりと、慣れない事で無駄足を踏んで苦労もした。それでも、親類縁者や知人を通して○○○キャンプ場の利用者を探し出し、あるいは地元の住民を訪ねて話を聞き、また図書館で過去の新聞記事を丹念に調べるなど、努力のかいあって、冬が来ようという頃には、彼らは○○○キャンプ場にかかわる悲惨な事件を突き止める事ができたのである。

○○○キャンプ場が開設される1年半ばかり前だった。小学校入学前の1人の男児の遺体が、のちにキャンプ場となる土地のすぐそばに遺棄されたのだ。被害児童の家は、父母と男児の3人暮らしであったが、父親は粗暴で冷酷な男で、息子が自分になつかないと言って、殴ったり食事を与えないなどの虐待を続けていた。母親は気が弱く、父親〈夫〉を止める事も子供を守る事も出来なかった。ある日、父親はいつになく激しい暴行を加え、男児を死に至らしめた。彼は妻に固く口止めし、息子の遺体を人里離れた土地――○○○キャンプ場の予定地近くに埋めたのである。むろん、犯行は数日たたずに露見し、父親は逮捕されて子供の遺体も回収された。だが、キャンプ場建設はすでに計画ができており、ほどなく議会の承認も得て予算も付き、予定通り実行され、完成した。そしてキャンパーたちが訪れるようになったのだが、いつでもと言うわけではなく、時たま、テントを張った所から少し離れた森の草やぶに怪しい光が見える場合があるのだという。

学生たちはそんな事実を突き止めた。仲間うちには、そんな非科学的な事があるかと否定する者たちもいたが、苦心して調べた4人の男女は、あの不思議な光は、無残に命を奪われた子供の霊に違いないと信じた。もしかすると、子供はあの光が見えた所に埋められたのではないか? ――そして彼らは、もう誰もいない初冬の○○○キャンプ場に出かけ、光が現れたと思しき草むらに菓子や花を供えて冥福を祈ったのである。

彼らの真摯な祈りが通じたのか、その後またキャンプの季節が巡って来ているが、怪しい光や現象を見たというような話は聞かない。

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