ヤマノシリ

2017.02.20.Mon.11:46

小学校の頃、僕の通っていた学校の裏には小さな山があって、みんなからは普通に裏山と呼ばれていた。

小学校は三階建てだったのだけれど、裏山はその小学校の二倍程度の高さしか無かった。

学校側から裏山を上って反対側に降りると、細い県道に出る。

学校の規則で、裏山には休み時間は上っちゃいけなかった。

それでも僕は、友達と一緒によく裏山に上った。大体昼休みに。

まばらに木が生えてるだけの何も無い山だったけど、子どもにとっては十分な遊び場だった。それで良く先生に叱られた。

「ごめんなさい。もう裏山には行きません」って100回は言った気がする。

今からするのは、そんな裏山の話だ。

さっきはまばらに生えた木以外は何も無い山だって言ったけど、実はあった。一つ。子供心をくすぐる様なモノが。

僕と友達数人がみつけたのだ。僕らはそれを『ウサギ穴』と名付けた。

三階の廊下の窓から見える裏山の斜面に穴はあった。

勢いを付けて斜面を駆け降りる、と言う遊びをやっていた時のことだ。

友達の一人が何かに躓いて転がった。だいぶ転がった。

膝から血が出てたけど、田舎だったから、そんくらい唾付けときゃ直るということで、僕らは別のことに興味をひかれていた。

友達は穴に躓いたのだった。

斜面の一部が草ごとえぐれていて、おそらく友達が踏み抜いたのだろう、その部分から穴が露出していた。

縦穴じゃなくて横穴。今までは草と土に隠れて見えなかったらしい。

穴は小さくて、人は絶対入れない。

でもウサギなら入れそうだと言うことで、決まった名前が『ウサギ穴』。

屈みこんで覗いてみると、中は真っ暗だった。

まっすぐ伸びている様に見えたけど、いかんせん暗過ぎて良く分からなかった。

その穴はそれからしばらくの間、好奇心旺盛な子供たちの心をとらえて離さなかった。

まず、「何がこの中にいるのか」という話になった。

モグラという意見と、ヘビだという意見と、やっぱりウサギだという意見に分かれた。

僕はウサギ派だった。山に住むじじいから、ウサギはこんな巣を掘ると聞かされていたから。

「ウサギの巣なら、出口は一つじゃない。もっとあるはずだ」と僕が言ったことがきっかけで、

僕らは裏山を、他の穴は無いかと探し始めた。

その日は、探している内に昼休みが終わってしまい、結局見つけることは出来なかった。

別の穴が見つかったのは、それから三日くらい後のことだった。

丁度学校とは反対の県道側の斜面に穴はあった。同じような穴だった。

見つけたのは僕だった。かくれんぼをしていて偶然見つけたのだ。

「穴ー。あなー!」と叫ぶと、みんなが集まって来た。

「ほら見ろやっぱりウサギだった」「いや、へびだ。違うモグラだ」

そんな不毛な言い争いのあとだった。

誰が言ったのかは忘れた。僕だったのかもしれない。まあ、とにかく誰かが言った。

「じゃあさ。この穴によ、ウサギ入れてみん?」

よし、やってみようぜ。面白いかは二の次だぜ。何てたって僕ら小学生だぜ。でも今は少し後悔している。

僕の通っていた学校では、ウサギを飼育していた。

そして学年には一人ずつ(※クラスは無いよ。全校生徒八十人くらいだったから)飼育委員というのがいて、

昼休みになるとウサギに餌をやったりするのだ。

そして何と、その時の五年生の飼育委員が、僕だったのだ。

決行されたのは次の日だった。

昼休み、僕は『チャーボー』と名札の貼られた檻を開けて、茶色い毛がボーボーの可愛い兎を一匹抱えて、

『ウサギ穴』へと向かった。

到着すると、もう友達の一人は穴で待機していて、反対の県道側の穴の方にも数人スタンバっているらしい。

友達が運動場の倉庫から持ってきた五十メートルの巻き尺の紐を、チャーボーの身体に結んだ。命綱のつもりだ。

「チャーボー。ほれ、いけ」

穴の中にチャーボーの頭を突っ込む。チャーボーは嫌がって足をパタパタさせた。無理やり押し込む。

それほどきつくはなさそうだけど、無理しないと方向転換は出来ないだろうな。

「はよういけ。帰ってきたら餌やるから」

棒で尻をつつくと、チャーボーは嫌々そうに穴の奥へと進んで行った。

途中で途切れているだなんて考えはなかった。二つの穴は、当然つながっているものだと思っていたのだ。

「よんメートル」

隣で友達が、チャーボーが進む動きに合わせて巻き尺を引っ張り出しながら、一メートルごとにいちいち報告する。

「はちメートル」

当時は、小さな山だったので、学校側の穴から県道側の穴まで五十メートルも無いだろうと思っていた。

今考えると、もう少し距離はあっただろうけど。

僕がふと疑問を覚えたのは、十メートルを過ぎてからだった。

友達が数えるメーター表示の速度がおかしい。

「じゅうさん、……じゅうよん。じゅう……、ああもう早いよちょっと待って!」

ものすごい速さで巻き尺を回す取っ手が回転して、しゅごおおお、と音がしていた。僕は友達と顔を見合わせた。

「うわ」と友達が叫んだ。

その手から巻き尺が離れて、穴の縁にぶつかった。

巻き尺は穴より大きかったので、持っていかれることは無かったけど、

一度二度びくんびくんとのたうってから、巻き尺は力尽きた様にその場に崩れ落ちた。

呆気にとられるという言葉があるけれど、僕はそれまでの人生でたぶん初めてだった。本当に呆気にとられたのは。

友達は無言のうちに、再び手にした巻き尺を巻き戻していた。

そのうち「うがにゃああ!」と猫の様な情けない悲鳴が聞こえた。

そうして、しばらくもしないうちに県道側の穴でスタンバってた友達数人が走って来て、

一人は足が絡まってこけて転んで転がっていった。僕の横を。

もう一人降りてきた奴の服の袖を掴んで僕は訊いた。

「チャーボーは!?」

「知らん!放せ!」

「話せば放す」

「だあもう!穴がものすごい勢いで骨吹いた!」

それだけ言うと、そいつは校舎に向かって駆け降りて行った。

何が何だか分からなかった僕は、とりあえず巻き尺の友達と一緒に県道側の穴まで行ってみた。

確かにそこには、何らかの動物の骨が穴を起点に放射状に散らばっていた。

小動物の骨だろうか。何もこびりついていない。白くて綺麗な、百点満点文句なしの骨だった。

チャーボーのかなと僕は思った。それなら悪いことをしたなあとも思った。

その日は当然、先生に怒られたけれど、僕はいつもと違って幾分本気で謝った。

「ごめんなさい。もうしません」

もちろん、チャーボーに対して。

後日、僕は山に住んでいるじじいを訪ねて、その話をした。

もちろん孫へのこづかいが目当てだったのだけれど、じじいなら何か知っているかもと思ったのだ。

「そりゃ、ヤマノクチやの」とじじいは言った。

「やまのくち、って何や?」

「おまんの口と一緒や。山の、口」

じじいはそう言って、僕の下唇を掴んでびろんと伸ばす。

口と聞いて、想像力豊かな僕はすぐにピンと来た。

「じゃあ、もう一つの穴は、ケツなん?」

「ケツやな。ヤマノシリ」

僕は気付いた。だとしたら、チャーボーは山に食われたのだ。

「なあなあ、じじい」

「なん?」

「ウサギってよ、美味いん?」

「うまい。くいたいんか?」

僕は首を振る。

それにしても、山だとしても、『いただきます』くらいは言うべきだろうと、その時の僕が思ったのかどうかは定かではない。

黙っていると、じじいは僕の肩をバシバシと何度も叩いた。

「まあ、気にせんでええ。おまんは山にお供えもんをしただけや。そのうちええことがあるかもしれん」

「じじい……」

「おう、なんぞ?」

「じゃあこづかいくれ」

その日はじじいの家の軒先に干してあった干し芋を勝手に取って、齧りながら家まで帰った。

じじいは結局こづかいをくれなかった。けれど、その内良いことがあると言うじじいの話は、当たってなくもなかった。

僕は飼育委員をクビになった。理由は、皆で飼っていたウサギをうっかり『逃がしてしまった』からだと言う。

世話は面倒くさいし、ウサギ小屋は臭いから、僕は普通にラッキーと思った。

ちなみに『ウサギ穴』は、あの出来事以来、子供たちの間で『ウサギ喰いの穴』にグレードアップした。

そうして、あの日県道側から走って逃げて転んで転がった奴がえらい怪我を負ったので、

それから裏山禁止の規制が厳しくなった。

だから一度だけだ。下校時間になって、僕はそっと県道側の穴に向かった。

途中で落ちていた手頃な木の枝を拾う。

穴に着く。

「くらえ!」

僕は手にした棒を穴に突っ込んだ。そして逃げた。

男の子なら誰しもやったことのあるあのワザだ。ささやかな仕返しのつもりだった。

その後、山に仕返しされたとかそんな体験はない。

今現在、僕の通っていた小学校は廃校になっている。

じじいの家に行く際にはあの県道を通るので、その時はついでに穴はあるかと確認したりする。

少なくともヤマノシリは未だにあって。周りには何の骨か分からない小さな骨が散らばっていたりもする。 

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